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地球儀的視点で考える邪馬台国と倭人伝

改めて洛陽、長安あたりを中心に周囲を俯瞰してみると、それは地球儀的スケールになりますね。


このスケールで領土や移動や交流や領土や戦争を考える人々は列島や半島の住民とは


いろんな物差しが違うと思います。


そしてこの規模を平気で行き来する人間という動物にとって


日本列島は全部移動してもたいしたことはないかと思います。


西戎のチベットと東夷の倭が朝貢してきたというのは、東西の遠距離の大国がともにという構図を魏もとることができて


自らの影響力を、他の呉、蜀に振りかざせるわけです。


洛陽からだと両国は同じくらいの距離ですね。


倭人伝に目を凝らす私たち日本人は帯方郡からの距離にばかり必死になるけど、


考えたら東夷伝を読む洛陽の人々のイメージは


当然洛陽からの距離がどれくらいなのか、そうか大月氏(チベット)と同じくらいかとなる。


チベットは巨大な山々の上にあるし、倭は最辺境の帯方郡の、そこからさらに南に下って半島の南端から、海を越えたところにある。


どちらも遠いだけでなく、同じ大地の上にないという感じだ、・・・・・こんなイメージではないか。


帯方郡の地理感と距離感で読むのではなく、あくまで洛陽からの地理感と距離感、世界観で読まれていたし、書かれたわけですね。


帯方郡の役人のイメージでいえば、洛陽に帰る半分くらいの距離だからそんなに遠く感じてなかったと思います。


12000里のうち10000里は船だし。残り2000里を倭の島を移動するだけ。



この地図の縮尺で列島をみると



ある説によると水行10日とは長江流域から、有明海か九州北岸までのことで


陸行一ヶ月は長江あたりから洛陽までのこと。


というのですがこの地図をみると


洛陽の人が洛陽から邪馬台国までの距離を簡潔に書くならそれもありかなと思いますね。


でもそしたら投馬国の水行20日はなんでしょうか。洛陽からではないとなって混迷深く・・・・・


 


洛陽から東西南北に向かって日本列島くらいの距離感ですね。それぞれの方向をそれぞれ管理、対応していたということ。


同じことを日本を中心にみると。北は、東北や北海道、海を越えて今のウラジオストックあたり。南西には沖縄、台湾島。


真南には小笠原諸島あたり。西は上海や半島など。かなり広域の海の移動があるのでは。


そして列島中に諏訪の黒曜石、出雲のヒスイなどなど。が交流する。鉄器や米なども移動する。日本中を。


ユーラシア大陸の俯瞰の中からの東アジアです



そして太平洋の中の日本列島


人類はほんと、移動する動物。


もともとアフリカで発生した類人猿の一派に過ぎないのに、なんと世界中にいます。


こんな動物はほかにいません、像もライオンもハリネズミもキリンもそこにしかほぼいません。


犬と猫は人間と一緒に移動するから一緒に世界中にいますね。


ちなみに昆虫こそ地球の支配者で。地球は昆虫の惑星と言えます。



どこにでも無数にいます。類人猿以上の生物か。


そしてしかし、人間は昆虫を食べる動物だから、どこにでもいることができるという説もありますね。



なんだか日本列島は一つのキーの場所のような・・・・


 

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コメント

天地無我

広視野論→雑感デス
GOOD !!!。。            "物差し"。人は夫々は持っているこれが異なるため、様々な見解が。そして、悲喜劇も。                   "ヒスイ"。日田の"金"。当時の九州物語に役割は?、などとも思いました。        面白かったです。39。                   

作者より

ありがとうございます
邪馬台国と少しずれた内容になりつつあります。誰か全国神社伝承大全 という本を出版してくらないかと最近思ってます。相当面白いと思うのですが。

天地無我

解法手順(拡散→集約)
神社から古代日本を観る。欠かせないことと思います。有名でなくとも猿田彦神社等よりも古い神社も有る様な。       トヒックスを立ち上げるのも一法かと。

天地無我

関係ないですが…
先週12日に子供に「物差し」の語彙を使い話を。  「相手(特に上司・会社)は自分と異なる物差しを持っていることがある。これに留意して仕事をしないとうまくいかない。自分の得意なことほど気をつけよ。」みたいな。

作者

なるほど
ぼくは若いころから満州がえりの人と半島帰りの人たちと文芸誌をやってましたが、彼らと一緒に酒を飲んでても、今同じこの日本という国の時間を実は共有していないという実感をもってました。当たり前ですがそれぞれの体験が個人の中の歴史となり、世界観となり(まさに物差しそのものですね) その流れで現在を見るので、それぞれの詩や文章はかなり違う世界を示してました。
そのように他者は違うが、違いがあるままにともに過ごすというのが、最近はうわっつらの表現や安易なネット交流により、忘れられていますね。明らかに。
得に若い人は自分の経験が自分の世界の100%で。それで怖いもの知らずにやることも非常に重要ですが、同時に経験内という部分に謙虚である必要が。
明治の元勲の若いころ、非常に暴挙に近いことをやりながら人の話に耳を傾けるというのはこういう姿勢だったのでは。
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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

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