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私の邪馬台国事始め

私の邪馬台国探求のはじまり


私はそれほど邪馬台国に興味があったのではない。
古田武彦さんの本を読んで面白いと思った程度である。
とことがあるときたまたま暇つぶしに
魏志倭人伝の帯方郡から倭への行程を読みながら
都度
グーグルアースで追ってみたら
これがとても面白かった
それが私の邪馬台国事始めだった

そのときの地図はこんな感じである

大砲から

つまり帯方郡の目線で
帯方郡から倭に向かって進む地図にして考えたのである
陳寿にしてもこの目線で考えていたのであるから
私たちもこの目線で地図を見る必要があると思うわけである。

拡大版


逆壱岐

九州上陸地点図


伊万里つき

壱岐までは固い。
もっとも朝鮮半島に邪馬台国があるとする説もあるのだがそれはないと考えている。
壱岐を必ず通るのであるが
一支国の重要性は想像以上だったのではないか。
原の辻遺跡には東アジア最古の(中国も含めてである)
人口の船着き場の遺跡が出ている。
楽浪郡の土器もたくさん出ている。
半島から倭に行くには最後に必ず壱岐というベースキャンプにとどまり
さて 九州や本州のどこに上陸するかを調査したうえで
そこに向かったのではないかと考えている
それは
国譲りの際の 先遣部隊派遣の故事になっているのではないか?
壱岐から九州へは月が出ていれば夜でも簡単に航海ができたことだろう
DSC_1006.jpg
月が糸島の可也山を照らし
天然の灯台となるのである。



上陸後の地図


大宰府

これは末盧国の5つの候補地で、
必然として伊都国も5つの候補地ができる。
伊万里⇒武雄の説も魅力的である。この場合、有明海沿岸のフミ国から有明海の海を南下して、宮崎か鹿児島に邪馬台国があるとなる。
宗像⇒行橋も面白い。この場合、水行する海は瀬戸内海となる

このように私の場合
特別どこの場所を主張するという考え方ではない
一応自分の考えもあるのだが
多くの可能性を見聞きすることが
私の場合 邪馬台国の一番の楽しみである。
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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
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