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たまには卑弥呼を離れて幕末のこと

幕末の歴史

かつては明治維新は正しく
維新の元勲は神々のような存在でした。
それは明治の近代化と
日清日露に勝利し 第一次大戦後には国際連盟常任理事国になった
という成功の階段によって立証されている感じです
というかそのように成功したから明治維新はただしかったのだということですね
そして
第二次大戦では敗北したがその後戦後復興をして
現代でもアジアでもっとも民主的で近代的で
圧倒的な経済力と文明力を誇る国であるから
明治維新は成功だったのだとなります

でもほんとうに明治維新は成功したのでしょうか

たった一度の失敗で済ませられるか?太平洋戦争

明治維新後の国策の大きな失敗としては
太平洋戦争の敗北があります。
明治憲法下の国家が日本国憲法の国家に変貌しますが
この戦争は
失敗というにはあまりにも犠牲者が多すぎる
こういうことを避けるために
江戸幕府を倒したのではないか
欧米列強の植民地になって隷属しないための
維新だったのではないのか

失敗ですませられないほど
兵士は死に
都市に爆弾がおち民間人もありえないほど死んだ

明治維新の成功の結果が太平洋戦争の敗北ならば
明治維新は失敗だったのではないか

もし徳川慶喜の大君政府ができていたら

王政復古の大号令が失敗していたら
あれは幕府が薩摩屋敷に火をかけ薩摩藩の京都から壊滅させて
その後御所の周りを会津桑名で取りかこみ
自分たちも御所を守ると言って
中にはいる食糧を全部押さえたらあっさりと解除できたものです
おぼっちゃんすぎる慶喜は
夜盗のような薩長にしてやれた

あんな暴力的なことをやって倒幕が成功したからこそ
明治政府の成功体験となってその後も
何かあれば暴力でいくとなって太平洋戦争になったということもあったと思う
慶喜大君政府ができていたら
日露戦争でさえない
あんな人がたくさん死ぬ戦争を大君政府はしない

天皇がいて
大君慶喜がいて
その下に大名会議
そして実務者会議
が構成予定でした

この教養もある日本の上流階級の連中は
ロシアが南下してきたら対馬を防衛ラインにおいて
イギリスに支援を頼むでしょう
樺太からロシアが南下してきたら
アメリカに北海道を解放して支援を頼むでしょう

どう考えても
明治政府的な思い切りや蛮行があります
陸軍のDNAは長州の
吉田松陰の過激さから高杉の過激さ
それを咀嚼しきれなかった山縣の器で
できたへんなものでした

幕府は結構ちゃんとやっていから権威だけ帝にもらえばよかった

幕府と政治体制は同時期の中国や李氏朝鮮にくらべて
驚くほど高度でした
だから欧米に対応できた
問題は国内において
御門の権威が増して
もはや幕府ではもたなくなった
だから公武合体で
御門の権威で徳川が実務をするというのは
とてもよくできたものでした
徳川家茂が60歳まで生きただけで
明治維新は起きなかったでしょう
慶喜は家茂に比べて頭はいいが人望がなかった
だからこそ江戸城と旗本が江戸にあって
国内最大派閥なのに
京都で大政奉還なんかやってしまう
そう考えると
幕末のキーは
徳川家茂の早死にあった
そして
孝明天皇の早死ににもあった
ほんのちょっとですべてが変わる要素満載の幕末です

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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

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