FC2ブログ

対馬海峡雑感

blog_import_5a8e3f5239641.jpg 
朝鮮半島から対馬は見えます。
それも二つの島に見えます。
南北に高い山があり
それが海上に浮き出るのです。
だから馬韓の対面だから対馬という説もあれば
対をなす二つの島ということで対馬という説もあります。
まあ、2だからtwo島というのはギャグです。

この地図で見ると対馬海峡には対馬と壱岐と
その他ちょこっと島があるように見えますが
島の数がすごいです。

ウィキより
対馬
主島は対馬島(つしまじま、つしまとう)で、このほか属島として6つの有人島(海栗島、泊島、赤島、沖ノ島、島山島)と102の無人島がある[6]。この対馬島と属島をまとめて「対馬列島」「対馬諸島」とすることがある  全部で109

壱岐
周囲には23の属島(有人島4・無人島19)が存在し、まとめて壱岐諸島と呼ぶ 全部で24

合計すると
133の島があるということですね。
あの海域に。


でもって魏志倭人伝にも書いてるように
対馬も壱岐もそれぞれ南北と交易するので
九州と半島南部は、壱岐対馬の船によって
交易していることになります。
つまり伊都国と弁韓などは
しょっちゅう行き来している
それが伊都国の記述にもなっているわけです。
そしてこれは
大韓民国と日本国の交易ではなくて
つまりその対馬海峡というゾーンこそが
倭であり
その人々が倭人なのだと思うのです。

そして青銅器にしても鉄器にしても
列島の人々よりも早く手に入る彼らは
日本海沿いに進出していったのだろうと思います。
0年ごろの
赤坂今井古墳は丹後半島にありますが
まさに海の民族の様相を呈しておりガラスもざっくり。
対馬海峡の倭人が進出した結果なのではないか
元伊勢神社も海部氏も
倭人が進出した結果であるので
尾張氏も対馬海峡人の子孫となるのですが

そんな対馬海峡出発説というのが
日本神話なのだと思います。


スポンサーリンク

コメント

非公開コメント

古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

スポンサードリンク

プロフィール

古荘英雄

Author:古荘英雄
一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

ブログ村ランキング参加中

ブログ村古代史ランキング参加中

PVランキング参加中

ブロとも申請フォーム

検索フォーム

QRコード

QR