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忌部氏ことはじめ  古代四国の探求2018/12/5

Wikipediaより

忌部氏(いんべうじ)、のち斎部氏(いんべうじ)は、「忌部」または「斎部」をの名とする氏族

天太玉命を祖とする神別天神)の古代氏族で、「忌部(いんべのおびと)」、「忌部(いんべのむらじ)」、「忌部宿禰(いんべのすくね)」のち「斎部宿禰」姓を称した。古代朝廷における祭祀を担った氏族である



古事記』や『日本書紀』では、

天岩戸の神話において天太玉命(あめのふとだまのみこと)天児屋命(あめのこやねのみこと)が祭祀関係に携わったことが記され、

両神は天孫降臨においてもともに付き従っている。


そのうち天太玉命が忌部氏の祖、

天児屋命が中臣氏の祖とされ、

両氏は記紀編纂当時の朝廷の祭祀を司っていた。


なお、記紀では天児屋命の方が天太玉命よりも重要な役割を担っているが、

これは編纂当時の中臣氏と忌部氏の勢力差を反映しているとされる。

逆に忌部氏側の『古語拾遺』ではその立場は逆転している。


天太玉命の出自については、

古語拾遺』では天太玉命は高皇産霊神(たかみむすびのかみ)の子であるとし、

新撰姓氏録』でもこれにならうが、


『古事記』や『日本書紀』に出自の記載はなく真偽は明らかでない。


品部である各地の忌部には、玉を納める出雲、木を納める紀伊、木綿・麻を納める阿波、盾を納める讃岐などがあった。

阿波忌部氏の祖神は

阿波忌部氏祖神で、『古語拾遺』によれば天照大神岩戸隠れの際に天太玉命に率いられて、榖(かじ)の木を植え、白和幣(しらにきて)(の繊維を織ったもの。木綿(ゆう)ともいう)を作った神である。

Inbe_Shinto_shrine.jpg 

下は拝殿内部。
この雰囲気はなにかやはり阿波忌部氏の重要性を物語る空気感があるように思います。
20170926_0362.jpg 



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コメント

YUNYN

国譲り
古事記には記載される日本書紀や出雲国風土記には全く記載されず
出雲大社も全否定しています。
葦原中国は本当に島根県なのか?

関東になぜ経津主、武雷槌が祀られているのか?

経津主、武雷槌は、なぜ中臣の氏神とされているのか?

その答えを解く鍵は忌部が握っていると思います

国譲りには忌部が関わっていると考えていますよ



高山上総介忌部宿禰義陳系図

天日鷲命(あめのひわしのみこと)

后神言筥女命(いいちめのみこと)

大麻比古命 別名:津咋見命(つくいみのみこと)、溝杭耳命(みぞくいみみのみこと)

天白羽鳥命(あめのしらはとりのみこと) 別名:長白羽命(ながしらはのみこと)

天羽雷槌命(あめのはいかづちのみこと)別名:武羽槌命(あけはづちのみこと)

千鹿江比賣命(ちかえひめのみこと)別名:今云 千見大明神 是ナリ

由布津主命(ゆふつぬしのみこと)別名:阿波和気比古命(あわわけひこみこと)

后神 飯長姫命(いいながひめのみこと)

訶多々主命(うたたぬしのみこと)

この系図の中に経津主、武雷槌がいるように考えているのですが

解説すると軽く一冊の本になってしまいますので、またの機会に。

それと阿波にはまだ重要な一族がいますよ。
大宜都比売命の一族、粟国造の粟凡直氏と
大国主の後裔で長国(那珂国、那賀国)造の長公です、




Yunyn

大嘗祭は、新天皇が一世に一度だけ行う、皇位継承関連儀式の中で最も重要とされる儀式です。
今年の11月に延喜式に従い執り行われることで宮内庁では調整中で5億円の費用が、かかるらしいですが。
さて、延喜式には
高天原に爾神留坐,皇睦神漏伎、神漏彌命以,天社、國社と登敷坐る留,皇神等前に爾白く久。今年十一月中卯日に爾,天都御食の長御食の遠御食と,皇御孫命の大嘗聞食む牟為故
と書かれています。

ここで大嘗祭に必要なものとして天照大御神に供えらる3つの御食がでてきます。
天皇が皇祖天照大神に献上され、ともにお食べになり、皇祖の霊威を体得されるための三種の御食です。
その内容は以下の通りです。

天都御食(あまつみけ)
阿波国忌部が貢進する高天原の産物の山幸

鮎喰川の鮎
木綿麻山(ゆうまやま)の木綿(ゆう) 
乾羊蹄:かもしかの肉
橘子(たちばなのみ)

長御食(なかのみけ)
徳島県勝浦川流域、佐那県園瀬川流域、鮎喰川流域を古代から「阿波三渓(あわみたに)」と呼びますが、この東側の那賀郡から奉供されます。「長」は阿波国南部は旧名が長国(なかのくに)と呼ばれていたものです。

鰒:あわび
鰒鮨
細螺(したたみ)
雲丹:うに
石華(いしのはな)丹砂等


遠つ御食(とおつみけ)
淡路島紀州郡那賀郡(名前からわかるように阿波から同族が移住して住み着いた場所)伊勢地方等よりの奉供

理解できるでしょうか?

延喜式の中では阿波以外は遠い国だと記載されているのです。

つまり三種の膳のうち、主要な海幸、山幸は阿波国のもののみ貢進され、残りひとつがその他遠い国の貢進物だということ。奈良など全く出てこず、伊勢神宮がある伊勢も単なる遠き第三国、本国は阿波国であるとはっきりとここで示されているのです。





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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

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