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3つの支の地 一支国と伊都国と出雲国


倭人伝から数遊び。


三支

3つの支国



①壱岐は一支国。

②伊都国の長官は「爾支」ニキ。
二支と書くのが本当ではないか?
邇邇芸=ニニギの上陸地点は糸島=伊都国だからつまりこの地は二支の地。

③では三支の地はないのだろうか?

投馬国は官名は 長官は「彌彌」
「一支」「爾支」ときての「彌彌」
投馬国の有力候補地は出雲か日向。

しかしこれを海のポイントしてとらえると
一支☞二支☞三支となるから
「彌彌」つまり三番目のポイントは
出雲とならねばならない。


三貴神

これは
三貴神のポイントではないのか?

一支国は月読神社の原点らしいからここがツキヨミ。
すると伊都国は
一大率もありここがアマテルの本拠地となり
出雲はスサノオであるから
三貴神と三つのポイントは一致する。

そしてこの日本海沿岸域を文化的に区切るのは土笛分布であるので、
それは宗像から出雲まで。

anan1.jpg 土笛
それより西には土笛はでない。あれだけ遺跡があるが出ていないからないのだろう。
そしてアマテルとスサノオのウケヒでできたのが宗像三女神であるから、
それは対馬への海路であると同時に


三支=出雲と二支=伊都国連合の勢力図の国境でもあるのではないか。

沖ノ島宗像ラインというのは政治的に極めて重要なラインであったのだと思われる。そしてやがてこのラインはヤマト王権にも利用される海路となり島自体がご神体になるから、この壱岐から出雲までの海岸線こそが古代の最初の王国だったのだろうと思う。
そしてやがて丹後へ伸び、そこから近江へ尾張へ奈良へと上陸していくのが建国の歴史だと思うのである。

そうして出来上がった日本海勢力へ
瀬戸内海から吉備と宇佐がやってくるのが神武東征の故事だろう。

邪馬台国はどこ?


そのとき邪馬台国はどこにあるのか?
この流れでいけば
邪馬台国は九州になるのだが
神武の出発地は
伊都国の、糸島の山だったのだろうと思う。

6288209.jpg



そこから昔の大遠賀川流域の岡本宮へ行き、宇佐から吉備を目標に進み、吉備の大軍団と奈良へ河内へ向かう。神武が河内へ出発したのは吉備であるから、補給と軍団の数から考えて、ナガスネヒコと戦った軍団は吉備の軍団が主力だと思うがこれはまた別の話

勝手に数で見る古代

3つのの地。
イキとイトとイズモこそ、建国の原点であったという話でした。みなイがつくのも面白い。
そして三支の出雲はほんとは一雲と書くべきではないのか?

一雲 二雲 三雲 四雲 五雲 六雲 七雲 八雲という風に
三支の出雲はそこからまたポイントを伸ばしたのではないか。
出雲とは一雲のことだったのではないか。


まあ、数字と地図の遊びかもしれませんがちょっと自分なりには面白かったので。


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コメント

兒玉 眞

三つの支国は島国
『魏志倭人伝』中の支は島のこと、だから、
一支国は壱岐国、
巳百支国は九十九島(佐世保)、
郡支国(都支国)は五島列島、
以上、私の【反時計回り連続説】を参照ください。
(上記URL)

作者

Re: 三つの支国は島国
> 『魏志倭人伝』中の支は島のこと、だから、
> 一支国は壱岐国、
> 巳百支国は九十九島(佐世保)、
> 郡支国(都支国)は五島列島、
> 以上、私の【反時計回り連続説】を参照ください。
> (上記URL)


面白いですね。ありがとうございます
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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

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