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伊都国の正体②太宰府編「日本古代史 卑弥呼と邪馬台国を探求する」

前回は福岡県糸島に伊都国があったという話を書きました。
伊都国についてはもうそれが定説化している感もありますが

今回も地元福岡から
地理的な話で考えてみたいと思います。
伊都国は太宰府の場所にあった説。

一応ぼく個人は糸島に伊都国があったと考えていますが
ぼくの邪馬台国の楽しみ方は
様々な説を地理的にシュミレーションしていくことなので
どこに何があっても楽しいです。
さすがに邪馬台国エジプト説などは
つきあえませんが(笑)
「ピラミッド」の画像検索結果

伊都国と後の太宰府の役割はほぼほぼ同じです。
同じ役割なら同じ場所に違いない。
そんな短絡的な話でもありませんが
海外からの正使が常にそこでいったん入国待ちをするような
それが伊都国です。

そして伊都国には一大率が置かれ
女王国よりも北の国はこれを畏れているというのですが
太宰府にあれば
福岡平野や宗像
糸島半島から唐津の国々が
太宰府の軍団を畏れるという構図が
とてもわかりやすいです。

後世の大宰府政庁
「大宰府政庁」の画像検索結果

そもそも太宰府という場所は福岡平野と筑紫平野の接合部分でそこだけ山が途切れている。

そしてそこを起点に
福岡平野方面には御笠川が流れ
筑紫平野方面には
筑後川が流れるので
ここに軍団がいると
船で博多湾にも有明海にも行けるのです。
blog_import_5a8e420e60104.jpg 
筑後川は日田が源流ですが太宰府からも流れます。
御笠川と筑後川の間を運河でつないで、博多湾と有明海を水運で結んでいたという説もあります。

blog_import_5a8e420d3ca52.jpg 
こんな感じで離れています。もちろん古代においては多少のずれはあるわけですが。

筑後川の出発点はまさに太宰府天満宮の位置です。
ちなみに平野を通っていくこのルートは今でも電車も高速もここを通るのです。

この川の接合部に伊都国があり

これより南にある邪馬台国へ向かうものたちの
門番の役割を果たしたのが
伊都国の一大率だったのではないか?
そして同時にこれより北の国へ目を光らせることができる。



伊都国が
太宰府のときの自分勝手な各国想定図です。

blog_import_5a8e425b3358c.jpg 

しかしまた投馬国は耳とミミナリという官名から宮崎に比定すると
こうなります。
耳川とか美々津海岸とありますね・
神武東征の出発点は美々津海岸という話もあり、
投馬国がヤマト王権を作ったという話にも広がります。
いえ(笑)広げています

blog_import_5a8e4385010e4.jpg 
太宰府あたりから川にのってそのまま水行が始まるという考えです。
日向の投馬国まで太宰府あたりから20日。
こうなると伊都国太宰府説というよりは
不弥国太宰府説になるのですが。
この場合
狗奴国は黄色と赤の間
つまり邪馬台国と投馬国の間の球磨盆地にあったと考えます
すると邪馬台国と投馬国を遮断するやっかいな勢力という位置づけになります。

ちなみに九州新幹線は有明海沿岸の赤線を走ります。
九州では今でも有明海側が表で
大分、宮崎側が裏側というイメージです。
まあ是非はともかく新幹線の走る方が表側ですね。
1476742109_167.jpg 

対馬海峡を渡り
その後のルートは太宰府と筑後川、そして有明海が主役になるという話でした。

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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
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