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九州王朝とは?⑨「日本古代史 卑弥呼と邪馬台国を探求する」

伊都国の北の国々

http://www.eonet.ne.jp/~yamataikoku/6000.htmlより。 

自女王國以北其戸數道里可得略載其餘旁國遠絶不可得詳

女王国より北にある国々は、その戸数や道順、距離をおおよそ記載できるが、その他の周辺国は遠く離れていて、戸数や道順、距離がつまびらかでない。 

→つまり神功皇后の居住地不弥国=宇美町、大宰府近辺よりも北とは、
奴国と伊都国などの博多湾、唐津湾諸国ですね。 
奴国 
この九州湾岸諸国以外はみな遠すぎてよくわからないといってるわけです。
九州王朝だと思ってるのでしょう。
ただし、女王の本拠地ははるか奈良だ、道順や距離はよくわからないが。
となり、戸数もまあ女王がいうにはそこは7万戸だというから
そういうことにしておこう。 


*伊都国の北の国々ってなんのことなんでしょうね?伊都国の北には海しかありません。
また西側にも唐津湾しかありません。
北の国々はみなこれを畏れているとは?
南の国々でもなんだかおかしいのですが
北の国々とは対馬海峡の数百ある島々のことか?
あるいは朝鮮半島の国々か?


 其南有狗奴國男子爲王其官有狗古智卑狗不屬女王
その南には「狗奴国」がある。
男子を王としており、官には「狗古智卑狗」がある。この国は女王に従属していない。 

→神功皇后軍は田ブラ津姫を誅殺してそのあとはその南に熊襲がいるという状況ですね。 

鬼道で人を惑わす


名曰卑彌呼事鬼道能惑衆

名を「卑弥呼」といい、「鬼道」に仕えて人心を惑わしている。 
0620 年巳長大無夫婿有男弟佐治國 壮年だが夫を持たず、男弟が補佐して政治をおこなっている。 

確かに仲哀天皇は死んでるから夫はいませんし鬼道を使ってました 
男弟とは武内の宿祢がぴったりです


夫は死んでいるかいない

ダウンロード (2) 
確かに夫の仲哀天皇は死んでいて
占いみたいなことをやり

うん、なぜ九州に邪馬台国があるようでいて
でも。都まで遠く書いてるのか?

都は奈良だけど
その数十年は
未亡人の皇后が九州にいて
奈良にも天皇はいなかった


この不自然な状況が
邪馬台国問題のすべて


女王は一人でも
都が二ヶ所
実質と建前の。

中国の神功皇后認識


神功皇后については一応こんな認識があったようです 

『新唐書』列伝第145 東夷 倭日本[3]に 
「仲哀死、 
以 
開化 
曽孫女 
神功為王」、 

『宋史』列伝第250 外国7 日本国[4]に 
「次 神功天皇 
開化天皇之曽孫女、 
又謂之 
息長足姫天皇」とある。
    存命中の呼び名は 
    息長足姫命か息長足姫王でしょう。 
    ダウンロード (1) 
    そして息長足姫命だったとおもいます。王とはなかなか言わない。 
    みな命ですね。かんやまと ぬなかわ みみ の 命というし。 

    するとオキナガタラシヒメノミコト 
    と彼女を呼び、自分でもそうなのるでしょう。 

    つまり姫の命=ヒメノミコトが倭王であるとなるわけです。 

    このヒメノミコトをヒミコと聞き取り卑弥呼と表記したというのは 
    ありそうな話の一つではあるような気がしてきました。 

    もっといえば 
    ヒメノミコトだから、つまり倭王は姫だとなる。 
    ヒメノミコトの後継者は妹のトヨヒメということですね。 
    トヨヒメは摂政をついだのかもしれない。 
    女摂政の時代が倭王が九州にいたときでいわゆる邪馬台国時代かもしれません。すると奈良に応神と戻ったのはトヨヒメとなりますね。二人あわせて神功皇后なのかもしれません。

    神功皇后はなんと呼ばれていたか


    するとオキナガタラシヒメノミコト 
    と彼女を呼び、自分でもそうなのるでしょう。 

    つまり姫の命=ヒメノミコトが倭王であるとなるわけです。 

    このヒメノミコトをヒミコと聞き取り卑弥呼と表記したというのは 
    ありそうな話の一つではあるような気がしてきました。 

    もっといえば 
    ヒメノミコトだから、つまり倭王は姫だとなる。 
    ヒメノミコトの後継者は妹のトヨヒメということですね。 
    トヨヒメは摂政をついだのかもしれない。 

    女摂政の時代が倭王が九州にいたときでいわゆる邪馬台国時代かもしれません。
    すると奈良に応神と戻ったのはトヨヒメとなりますね。二人あわせて神功皇后なのかもしれません。

    邪馬台国宇佐説



    宇佐神宮の祭神が卑弥呼
    神功皇后と応神の真ん中に
    地元の姫大神がいます
    「宇佐神宮」の画像検索結果
    卑弥呼のよぶは 
    さんとか 殿てであり
    要するに 姫殿と呼んでたと。
    そして
    姫大神も
    要は姫であると。
    呼や大神はついてるだけ。
    本質は 姫 だと
    云う話がありますね。
    昔井沢元彦さんが。

    しかもヘメケと読んでたが
    要は ひめ だと
    主張してました



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    古荘英雄

    一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
    魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
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