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九州王朝とは⑥遣唐使を越える遣 南朝 時代「日本古代史 卑弥呼と邪馬台国を探求する」

南朝への高い頻度の訪問

それにより、いやというほど使節は仏教文化を目にしたはずであり、導入を進められもしたでありましょうし、また百済などと、導入合戦になると思うのですね。どちらがより高位の待遇をもらうかも絡んで。 

なので、南朝とまるで無縁に百済から始めて教えてもらうというのは道理にあわないと思いました。むしろ南朝の命を受けて百済から来たのではないか。 

寺院建立プロジェクトと経典と僧の一括導入が当時の国際的な仏教の伝来ですから、海を越えて倭に単独にそれを普及させるのはむずかしく、ゆえに百済に(百濟行きの方がまだ航路が容易でしょう)導入し、その足で倭に来たのかもしれません。 

5世紀を考えるに、仏教というファクターは重要のように見えます。それにては寺院建立などは技術者の到来を待たねばならないですね。現代のわれわれが寺に行くと古風な落ち着きを感じますが、5世紀や6世紀、いやたぶん、室町でも江戸でも、城などを除くと寺は地域の最大規模の建物で最先端技術の粋を集めたハイテクですね。まして聖徳太子の時代においては奇跡のようなハイテクでしょう。 
そんなものを立ててくれる技術者は、宇宙人みたいなものでしょうね。 
それがまた中国皇帝の権威を高めたことでしょう。やはりすごいと。 

ところで寺は聖徳太子までありません。 
大宰府か九州のどこかかに九州王朝の寺が実はあったけど、ヤマトに焼き払われ、記録はないのかもしれません。罰当たりなことをしたということで。 
あるいは宇佐神宮は燃やした寺の上に建てた神社かもしれません。 
仏を神で鎮魂するという形で。

確かに纒向のような巨大なものが奈良にあるというのはある意味決定的な印パクトですね。しかし宗教的な理由で広かったかもしれません。 

それに尾張と吉備が中心作っていたとしたら、九州はそれほど関係ないのかもしれない。場所的には瀬戸内海交易と尾張から始まる北陸、関東交易圏の二つの交易圏が混ざるところですし、混ぜるために作られたような気もします。 
その時出雲は対馬海峡交易圏にも纒向統合交易圏にも両方とも加わることができる立地ですね。 

さて九州王朝があるとしたら、纒向を傘下に収める勢力が大宰府にあったとは思えないですね。 
纒向とは別の勢力という意味だとぼくも思ってます。

仏教が伝来した際に、次のような騒ぎが起こったと『日本書紀』に書かれている。 


欽明天皇が、仏教を信仰の可否について群臣に問うた時、 

物部尾輿と中臣鎌子ら(神道勢力)は仏教に反対した。 

一方、蘇我稲目は、西の国々はみんな仏教を信じている。日本もどうして信じないでおれようか(「西蕃諸國一皆禮之,豐秋日本豈獨背也」)として、 

仏教に帰依したいと言ったので、天皇は稲目に仏像と経論他を下げ与えた。 

稲目は私邸を寺として仏像を拝んだ。 


その後、疫病が流行ると、尾輿らは、外国から来た神(仏)を拝んだので、 

国津神の怒りを買ったのだ(「昔日不須臣計 致斯病死 今不遠而復 必當有慶 宜早投棄 懃求後福」)として、寺を焼き仏像を難波の掘江に捨てた。その後、 



仏教の可否を巡る争いは物部尾輿・蘇我稲目の子供達(物部守屋と蘇我馬子)の代にまで持ち越され、用明天皇の後継者を巡る争いで物部守屋が滅亡されるまで続いた。
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やはり9回も南朝に朝貢した、国の出来事とは思えないですね。 

もしかしたら西の国というのは、奈良から西で、九州王朝も西の国の一つと 
表現されているかもしれない。 

韓の国々とは言わず、西の国といってる。



images (1) 
倭王は413年から502年の間に89年の間に9回長江河口の建業に行った。 

9回たどり着いてる、9回航海が成功している。 

これが本当にすごいことですがなぜかあまり騒がれない 

だって遣唐使は 
630年から894年の約260年の間に20回企画され、12回長安に到達している。 

遣唐使が260年に12回で7回は失敗して、帰りの航海の遭難をいれたら悲惨なものです。 

なのに倭の五王時代は90年で9回成功してる。 


この航海技術の退化はなんなのか? 


白村江の戦い以降、近畿天皇家は航海術のノウハウを持つものがいなかった。 
白村江の戦い以前の九州王朝は南方航海も半島への航海も昔から技術の継承があった。こんな考え方も楽しいものです。



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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
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