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九州王朝とは⑤「日本古代史 卑弥呼と邪馬台国を探求する」

大陸は例の五胡十六国時代。

北魏は、北の方ですね。
半島と日本は、南と付き合います。
ローマ帝国崩壊のあと、
西ヨーロッパの各勢力が東ローマ帝国を宗主国と認めてたみたいに。
やはり漢族で、文化が引き継がれたからだろうと。
東晋矢印(右)矢印(右)矢印(右)矢印(右)粱と、すぐに変わってましたが、そしてクーデターですが
一応禅譲の形だから、
国は、引き継がれた。
北側はルールなしのガチンコの争いでしかも漢族でない。

確かに古事記も日本書紀も朝貢のことがでないですね。
やっとそれらしいのは
最初の遣隋使。
逆にこの出来事は
何故
のせたのだろうか?
建国の英雄たちや神秘の女王が
家来として、
偉そうに大陸から
汝は~と言われてるのは隠したいとか。

あるいは作成後に
唐の検閲が予定されていて
それに通るように
作らないといけなかったとか。


さて、いわゆる九州王朝が存在した場合、それは大和をも統括する勢力か?それとも九州北部と出雲くらいまでの連合か?

そのとき吉備とはなんなのか?
そしてマキムクとは
九州と別物なのか?

あるいは大宰府に発掘を待っ大遺跡があるのか?


さてもう一つの問題です。南朝は仏教にあつい 


南朝でも仏教は盛んであったが、中でも、希代の崇仏皇帝であり、またその長命の故にか、リア王に比せられるような悲劇的な最期を遂げることになる、梁の武帝の時代が最盛期である。都の建康は後世「南朝四百八十寺」と詠まれるように、北朝の洛陽同様の仏寺が建ち並ぶ都市であった。 


こんな場所に朝貢に9回も行ったら必ず仏教は伝来するのでは?もちろん 
寺院や経典や添うなど3点セットで初めて伝来となるので 
寺院づくりの技師などもこないと無理ですが。 
まず教義だけというわけには大乗はいきません。 


そうか、だから散々仏教を知ってて、あこがれてたのに 
なかなか寺院づくりの技師も僧も来ないし、本もくれないからやきもきしてるところに 
百濟が三点セットを用意しようじゃないかということになって 

「おー。百濟のためならひと肌脱ごうと」白村江の戦いにつながったのかも 
というのはちょっと飛ばしすぎに妄想。 

ダウンロード 

讃が死んで弟の珍が継いだとあります。 

で、このちょい前には 
司馬曽達という人が倭から南朝の 
都に行ってる。 
倭人名です。 
古田さんは 
司馬は役職で曽が姓、達が名前と唱えています。 
司馬、馬を扱うもの、将軍であると。 
そんな人物が長江河口まで船で行った。 

ところで九州王朝があるとしたら 
もう少し九州の地に仏教が先行して入ってきててもおかしくないような気もするが。 
やはり寺院や仏像がセットでこないと 
普及はしなかったのか。 
大乗仏教は経典と僧と寺院や仏像がセットでないとなかなかなあ。

仏教伝来538年は南朝の時代です。 

http://www.y-history.net/appendix/wh0301-059.htmlより 

「 武帝とは   中国の南北朝、南朝の梁の初代皇帝。在位502年~549年。南朝の中では最も栄えた時代の皇帝で、特に後半は仏教の保護で有名であった。 」 

こんな記事も 
「 南朝の仏教 南朝では梁の武帝の保護もあり、民間に定着した。武帝は自ら「三宝の奴」と称し、仏教を保護し、多くの寺院を建立した。その仏教が盛んであったことは、“南朝四百八十寺”と謳われたことでも知られている。南朝の宋の仏教は朝鮮にも影響を与えており、また南朝と外交上の接触を持った「倭の五王」を通じて、日本仏教にも影響を与えた。また、伝承ではこのころ、インドから渡来した達磨が禅の修行を伝え、のちの禅宗の始祖となったという。 」 

南北朝とは東晋をのあと、北魏が北で王朝を築いた439年から始まり、隋が中国を再び統一する589年まで、中国の南北に王朝が並立していた時期を指す。 


一方記録に残る倭の五王の事績は 
東晋に朝貢した413年を皮切りに 
502年まで。このとき安東代将軍になります。 

西晋が滅んで隋による再統一までの220年間、倭の外交は中国からのフリーハンドを得て 
半島でのせめぎあいになっていたようで 
その後 
隋による高句麗侵攻などは 
時代の大転回点に感じたでしょうね 
そのとき聖徳太子となったわけですね。 

太平の眠りを覚ます隋統一だったのではないでしょうか。 


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