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「日本古代史 邪馬台国と卑弥呼の探求」古代日本とオリエントとインドとベトナムとシナ

地球儀を俯瞰する古代史



古代世界において、例えば日本の古代史を見る時は朝鮮半島や中国大陸との関連を考えると、奥行が広がります。
最近ではベトナムと中国の交易の歴史が紀元前からあったことが確定的になっています。
またベトナムとインドの交易も同様です。

するとベトナムはインドと中国を結ぶポイントとして、
海のシルクロードの最重要地点の一つとなりますし、オケア遺跡はまさにそうしたものです。
ローマ帝国の金貨が発見されていますし、インド関連のもの中国大陸のものなどが発見されています。

さてインドは古来、アラビア半島周辺からの船がインド洋を越えて、外洋航海がなされていました。ローマからアーンドラ朝への交易船が向かっていたのです。
ローマからこのオリエントの地までは当然地中海海路がありまので、

全部繋げるとこうなります


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古代海のシルクロード


ローマ→オリエント→インド→ベトナム→中国の長江あたり
日本までも奈良時代には来ていましたが
これがもし紀元0年ごろには日本にも来ていたらと思ったりしますね。


海のシルクロードとして確立されるのですが、これは陸のシルクロードよりは実ははるかに活況を呈していたのではないかと思うのです。
陸は中央アジア諸国とロシアですが、海はベトナム インド オリエントです。
プレーヤーが違う分出来事もすごかったんじゃないか?
メジャーな文明の十字路になっていますね。

もちろんこれは部分の合計として全体であり、一人の船乗りが一隻の船で中国からローマまでの海路を熟知して大航海さながらに大航海をしていたわけではありません。海はそんなに簡単なものではありません。

しかしゾーンごとを乗り継げば中国からローマへは行けます。
実際2世紀くらいのロンドンの地層から漢民族10人以上の骨が見つかっています。
海からか陸からかはわかりませんが。


古代オリエント世界の主役たち


さて、古代オリエントについての整理です。
ローマから東を日が昇るところと言う意味でオリエントと言います。
ここはエジプトからメソポタミア、の地域です。

このゾーンは確認される中では最古の文明があるゾーンです。
この地域の世界を最初に統一したのはアッシリアで、それを受け継いだのがペルシャです。
アッシリアは聖書に出てくるのですが
長くその存在は神話・伝説とされ実在は否定されていました。発掘されたときは大反響となりました。

その発掘のきっかけはシュリーマンです。
メソポタミア文明自体がシュリーマンの影響で発見されたのです。
ダウンロード 
シュリーマンがトロイア遺跡をホメロスの叙事詩に書かれた通りに掘ったら出てきた。
そこで学者たちは
聖書に書いてる通りに掘ってみようとなり
掘ったらことごとく書いてる通りに出てきた
衝撃のメソポタミア文明の発掘です。
発掘の一番古い遺跡はアッカド人のものです。
有名なシュメール人の遺跡は実はなかったと思います。シュメール人というのはこんな存在です。

アッカド人→ローマ人
シュメール人→ギリシャ人

アッカドの王が「わたしもシュメール語を勉強して読めるようになった」
という記述が遺跡にあり、アッカド人の前に文明を築いた存在としてシュメール人がいたらしいというのが正しい解釈。しかもシュメール人はメソポタミア地方出身ではなく北から来たようです。

あるいはインドヨーロッパ語族の源流部族こそがシュメール人なのかもしれません。


世界帝国


アメリカ→イギリス 大英帝国→オスマントルコ→イスラム帝国→元→唐→ローマ帝国

世界帝国は常にありますが古代においては
ペルシャは世界帝国でありこの中東地域のローマ帝国のような存在でした。ペルシャ語は、ペルシャ人以外にも現在の英語のような役割として使われていたほどですし、その文明力は当時中国だけが匹敵、いや中国以上のものでした。
バビロニア、エジプト、メソポタミア、のすべてがペルシャだった時があります。

ダウンロード (1) 

この世界にユダヤ人の一角がありましたが文明的には大したことはなく、いわゆるユダヤ教ができたのはバビロン捕囚のあとです、圧倒的な世界文明である、バビロンペルシャ文明の影響を受けて、みずからのアイデンティティを確立しないと飲み込まれるとユダヤ教も確立しました。
ノアの箱舟。
これはギルガメシュ叙事詩のパクリです。ギルガメッシュが発掘されたときヨーロッパでは大変な衝撃が走ったのです。洪水の話とノアが登場したのです。
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さて、ユダヤ人もシュメール人だからユダヤ人がもともと作ったとありますが、ユダヤ人はシュメールの都市から出発したとだけあります。
歴史的にはバビロン文明の圧倒的な影響下でユダヤ人がみずからの経典を作ったということです。
ちなみにそれまではユダヤも多神教であり、そのうちの一つがヤーウェでしたが、バビロン捕囚後に許されて帰ったあとは民族の団結を高めるためにヤーウェしか認めないとなりました。


ユダヤ人裏話


またこんな話があります。
ユダヤ人は実はいなかった。それはフェニキア人の中の中東に住んだ人のことであると。
フェニキア文字とヘブライ文字は酷似していると。ヘブライ語がそもそも右から左に横書きすることで、日本語など中国文明の影響下の縦書きが右から左に書いていくことと同じであることをもって文化の影響があるという意見がありますが、そんなことを言うならフェニキア文字もそうだしアラビア文字もそうです。アラビア文字ほどのメジャーな文字が右から左に筆記するのであり、ヘブライの特徴と言うよりオリエントの特徴であるということなのです。

そもそも日本語と同じと思われるヘブライ語の単語が50ほどはあるという意見がありますが、それヘブライ特有の単語ではなくもしかしたら古代ペルシャ語とか古代バビロン語からのものではないのかと思います。ペルシャ語なら中国経由で奈良時代においても大量に日本に来ています。奈良の役人にはペルシャ人がいました。
そして漢語や仏教用語が膨大に日本語に入っているように、ペルシャ語が混ざっているのではないか?そう考えるとすっきりしますね。
そもそも1062年ヘースチングスの戦いでフランスのノルマンジー公ウィリアムがイングランドを征服してイングランド王になってから、今のイギリス王室もその子孫です。そんな出来事があるとどうなるか?英語は支配者の言葉であるフランス語が現在1万語入っているそうです。ユダヤ人が日本を建国して支配者になった証拠が50語ではあまりにも少ないと言えるのではないか?

Wikipediaより
セム族Semites)は、セム系の言語を使用する人々の総称である[1]中東西アジア北アフリカアラビア半島に分布する古代・現代のさまざまなセム語の話手を指し、
カナン人、フェニキア人(カルタゴ人を含む)、ヘブライ人イスラエル人ユダヤ人サマリア人)、
semukei.png 

いずれにしても古代オリエントにおいてユダヤというプレーヤーはマイナーな存在であり、メジャーはペルシャです。これはもうアメリカとバングラデシュくらいの違いがあります。
そして今日われわれがユダヤ人と言ってる人の90%はロシアにあったカザール王国の子孫です。国全体がユダヤ教徒に改宗し、滅亡したあと、国民はヨーロッパに行きましたので高い鼻の白人ユダヤ人とはこの人たちのことです。
聖書にでてくるユダヤ人というのはセム系ですから今のアラブ人です。
そもそも現代社会にはユダヤ人という民族はいません。
民族的には薄まりすぎたし、古代ヘブライ人の血はイスラム帝国の中で相当消えました。今いるのはユダヤ教徒であってユダヤ人ではありません。
1492年にスペインがユダヤ人の国外追放命令を出し、そのときオランダとアフリカに逃げたらしいですが、イスラエル建国もヨーロッパユダヤによってなされたのであり、アフリカにいたイスラムの中のユダヤではありません。ましておおもとのヘブライ人ではありません。

さらにユダヤ人が頭がよくノーベル賞に占める割合が圧倒てきあるのも
DNAによるものではありません。
これはでもすごい

少なくともノーベル賞受賞者の20%がユダヤ人であり、ユダヤ人は6種類の賞すべてを受け取っておいます。ユダヤ人は世界の人口の0.2%以下を構成するに過ぎないに関わらずですからもし日本人のように世界人口の1%いたら(日本人口は1.5%)すべてのノーベル賞はユダヤ人のみということに計算上はなりますね。


その機序はどういうものであるか?
これはもう教育です。独特の。

赤ん坊の頃はトーラーに蜜を塗り本好きにさせます
そして大体、何月の第何週はトーラーのどこを読むと決まっているので間をおいた反復で
ゆたかな知恵が入り込むようになっている。
子供のころからトーラーを読み
自問自答し 仲間と議論し 様々な形式でトーラーを振り返り
正解を求めるのではなく思考そのものを思考する教育風習によって得た知恵のたまものです。
つまりユダヤ教の、ヨーロッパのユダヤ教徒の
教育は巧みな自己啓発プログラムになっているからです。
その証拠に知能指数の低いアフリカユダヤの子供をヨーロッパユダヤの教育で教育すると
あっという間に知能が上がったそうです。




続く


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日本の2文字を1文字にすると東という字になる(土地を意味する横棒は残るが)
ヒガシは日向き合いからきており、大和東征まえの国名として記録されてある「ヒムカイ」と訓読みできる。つまり、国号を「日本」と決めた当時日本人はこのくにを「ヒムカイの国」自分たちを「ヒムカイト」と呼んでいたと推測できる。
神話からして、万里の長城の北を東進したヒッタイトが満州朝鮮の農耕民、漁民たちを征服、吸収し、神武天皇のとき日本列島を征服し日本民族の新天地にしたのだ。
日本語、日本国、神道がヨーロッパ発祥であることは紛れもない事実とかんがえる。
ユダヤ人の一部は隣国の友好国である日本:ヒムカイに亡命きかしているはづだ。

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日本の古代製鉄技術が東アジアで抜きんでていたのは、ヒッタイトの国家機密を日本国が受け継いでいたからである。同じ製法を用いるのは、シリアのダマスカスのみである。
大陸領土を新羅にうばわれてからは、原料を鉄鉱石から砂鉄に切り替えているがそれができたのは近代技術でもなかなかまねできなかった製鉄技術をこの国がもちつづけているからである。
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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

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