FC2ブログ

「日本古代史 卑弥呼と邪馬台国を探求する」邪馬台国 不弥国 女王国

邪馬台国についてよくある勘違いというか、スルーされてしまっていることがあります。

そのうちの一つ
魏志倭人伝は帯方郡から邪馬台国へのルートを書いていないし書こうともしていない
出雲へ 
魏志倭人伝を読むことなく、研究本的な二次的資料を読むと、もう倭人伝には邪馬台国へのルートが書かれているような論調になっています。
さらにすごいものになると、魏の使いが実際に邪馬台国へ到着した道のりそのものを書いたというのもあります。

違います。

倭人伝を読むとそんな風には書かれていません。
何が書かれているのか?
倭への道のりです。
明確に「倭へ行くには・・・・」と記されています。
なので帯方郡(今のソウルあたり)から倭人の領域へ行く道行きがあるのです。
朝鮮半島を南へ行く
そこから対馬へ渡る
そこから壱岐に渡る
そこからマツロ国へ渡る

これで九州へ到着するわけです。
倭人伝を呼んでいるとここまでで十分なのだという感じがします。
しかし
①マツロ国上陸で九州に到着するところまで書いたら、あの伊都国も当然書かないといけないと思ったでしょう。
帯方郡の使者が倭に行くと必ず伊都国によるそうですから。
そして
②伊都国を書いたら漢委奴国王の奴国が隣にあるからそれも書くでしょうね
③そしてその隣にフミ国がありそこは宇美町ということですから、そうなると縄文以来の文明地で交流も深いことからここも書くでしょう。

ということで、マツロ国まで書けばいいものを成り行きでどんどん倭についたあとの国の配置を書いていったのだと思います。

フミ国のあとは投馬国。船で20日。
邪馬台国。船で10日。歩いて1か月。
これで行くとフミ国までは九州にまちがいないが

そこから先は九州北部女王国連合と投馬国と邪馬台国とは別の種類の世界に感じます。



にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・原始・古墳時代へ
にほんブログ村

スポンサーリンク

コメント

非公開コメント

古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

スポンサードリンク

プロフィール

古荘英雄

Author:古荘英雄
一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

ブログ村ランキング参加中

ブログ村古代史ランキング参加中

PVランキング参加中

ブロとも申請フォーム

検索フォーム

QRコード

QR