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「日本古代史 邪馬台国と卑弥呼の探求」遺跡出土物の分布からみるヤマト王権



これは西日本に分布する土笛の分布図です。
出雲を中心に丹後半島から九州の宗像に至るまでの範囲で出土します。注目すべきはこの年代は紀元前200年から紀元前400年ころらしいのですが、福岡平野の遺跡からは土笛は一切出ておらず、明確に宗像で線引きされています。どうやら出雲の勢力範囲を示す分布となっているようなのです。
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丹後半島と言えば赤坂今井古墳
1442093186_8.jpg
この勢力が土笛の東の端となりますね。


さて同じ時期の東国です。
S字状土器の分布です。尾張地方を中心に、駿河、諏訪地域、越へと広がります。
これは尾張を中心とした交易ネットワークの範囲内ではないかと思うのです。


blog_import_5a8e42fe7cf7d.jpg 

ということは

弥生中期のころ、
西日本には出雲を中心とした交易世界があり
東日本には尾張を中心とした交易ルートがあったということですね。

考えてみれば
この二つの分布圏のつなぎ目が近江と奈良なのですね。
琵琶湖沿岸の伊勢遺跡は
この二つの分布圏をつなぐ場所でありこのへそのような場所で東西両交易圏からの莫大な利益が得られたとも考えられます。
それは諏訪の黒曜石、越のヒスイ、出雲のヒスイと鉄と黒曜石、宗像を経由しての半島からの技術などです。
blog_import_5a8e436d39710.jpg blog_import_5a8e436b24e0f.jpg 琵琶湖沿岸の伊勢遺跡(なぜか伊勢という地名です)は2世紀に作られ同心円状に30の建物が並んでいたらしい。そして纏向遺跡が登場したのと期を同じくして忽然と放置されたようなのです。

日本のへそは近江から奈良へと移ったとも考えれます。
 

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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
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