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邪馬台国周辺国の謎①

邪馬台国の周辺国についてを抜粋して考えたいと思います


魏志倭人伝より

從郡至倭循海岸水行歴韓國乍南乍東到其北岸狗邪韓國七千餘里

 

 

帯方郡から倭に行くには海岸に沿って航行し、韓国を経由して、あるときは南にあるときは東にすすんで、その北岸の「狗邪韓国」に到着する。約七千里である。

 

邪馬台国に行くにはとは言ってないですね。倭に行くにはです。これはとても大事だと思うのですが、普通はスルーされていて、ほとんどの注釈は邪馬台国への行程が書かれているとされています。

でもつまり、陳寿はここで女王の都への行程を体系的に記述しようとはしておらず、倭に行くにはと書き始め、そのうち倭についたら女王の都はどこであると後付けで述べたのだと考えることもできるのではないかと思います。というかそうとしか読めません。


始度一海千餘里至對海國其大官曰卑狗副曰卑奴毋離所居絶島方可四百餘里土地山險多深林道路如禽鹿徑有千餘戸無良田食海物自活乗船南北市糴

 

そこではじめて海を渡り、千余里で「対馬国に至る。その大官は「卑狗」といい、副は「卑奴母離」という。住んでいるところは四方四百里あまりの広さの孤島である。その土地は山が険しく、深い林が多く、道路はけもの道のごとくである。千余戸がある。良い田が無く、海産物を食べて自活し、船に乗って南北と交易している。

又南渡一海千餘里名曰瀚海至一大國官亦曰卑狗副曰卑奴毋離方可三百里多竹木叢林有三千許家差有田地耕田猶不足食亦南北市糴

 

つぎに南に千里あまり、「瀚海」という名の海を渡り、「壱岐国」に到着する。ここの官もまた「卑狗」といい、副は「卑奴母離」という。四方三百里ほどである。竹や木の叢林が多い。三千ばかりの家がある。田地は少々あるが、田を耕すだけでは食料が不足するので、南北と交易している。

 

又渡一海千餘里至末盧國有四千餘戸濱山海居草木茂盛行不見前人好捕魚鰒水無深淺皆沈没取之

また海を千余里渡って、「末盧国」に到着する。四千戸あまりある。人々は浜と山海に暮らしている。草木が繁っていて、道を歩くと前が見えない。人々は魚やあわびを捕えることを好み、水の深浅は関係なしに潜ってそれらを取っている。



東南陸行五百里到伊都國官曰爾支副曰泄謨觚柄渠觚有千餘戸世有王皆統屬女王國郡使往來常所駐

東南に陸を五百里いくと、「伊都国」に到着する。官は「爾支」といい、副を「泄謨觚」「柄渠觚」という。千戸あまりである。代々国王がいて、みな女王国に統属している。ここは帯方郡の使者が往来する時には、常に駐まるところである。


東南至奴國百里官曰兕馬觚副曰卑奴毋離有二萬餘戸

東南にいくと「奴国」まで百里である。官は「兕馬觚」といい、副は「卑奴毋離という。二万余戸である。


東行至不彌國百里官曰多模副曰卑奴毋離有千餘家

東にいくと「不彌國」まで百里である。官を「多模」といい、副は「卑奴毋離」という。千余戸である。

南至投馬國水行二十日官曰彌彌副曰彌彌那利可五萬餘戸

南へ水行二十日で「投馬国」に至る官は「彌彌」、副は「彌彌那利」という。五万余戸である


南至邪馬壹國女王之所都水行十日陸行一月官有伊支馬次曰彌馬升次曰彌馬獲支次曰奴佳鞮可七萬餘戸

南にいくと「邪馬台国」に至る。女王の都するところだ。水行十日と陸行一月である。官に「伊支馬」がある。次は「弥馬升」、次は「弥馬獲支」、次は「奴佳鞮」という。七万余戸だろう。



自女王國以北其戸數道里可得略載其餘旁國遠絶不可得詳

女王国より北にある国々は、その戸数や道順、距離をおおよそ記載できるが、その他の周辺国は遠く離れていて、戸数や道順、距離がつまびらかでない。


ここから文脈でいくと女王国より南の国ということになります。女王国は邪馬台国と同じなのか、あるいは邪馬台国連合全体のことなのか、あるいは邪馬台国の出先の九州北部連合が女王国なのか。

次有斯馬國次有巳百支國次有伊邪國次有都支國次有彌奴國次有好古都國次有不呼國次有姐奴國次有對蘇國次有蘇奴國次有呼邑國次有華奴蘇奴國次有鬼國次有爲吾國次有鬼奴國次有邪馬國次有躬臣國次有巴利國次有支惟國次有烏奴國次有奴國此女王境界所盡

つぎは「斯馬国」

そのつぎ「己百支国」

つぎに「伊邪国」

つぎに「都支国」

、つぎに「弥奴国」

つぎに「好古都国」

つぎに「不呼国」

つぎに「姐奴国」

つぎに「対蘇国

つぎに「蘇奴国」

つぎに「呼邑国」

つぎに「華奴蘇奴国」

つぎに「鬼国」

つぎに「為吾国」

つぎに「鬼奴国」

つぎに「邪馬国」

つぎに「躬臣国」

つぎに「巴利国」

つぎに「支惟国」

つぎに「,烏好国」

つぎに「奴国」がある。

ここが女王の境界が尽きるところである。

其南有狗奴國男子爲王其官有狗古智卑狗不屬女王

その南には「狗奴国」がある。男子を王としており、官には「狗古智卑狗」がある。この国は女王に従属していない。


自郡至女王國萬二千餘里

帯方郡から女王国までの距離は一万二千余里である。

➡ここでで距離の話は終わりますかね。倭人伝内の縮尺で行くと12000里では奈良までは到着しません。筑紫平野か宇佐あたりまでです。

 




こんな風に国々のことは記載されていくのです。
一応、対馬から不弥国まではなんとなく比定地が定説化しています。
投馬国からあとはわからないとなっているわけですが、
国の数で言えば、たいへんなものです。
もっとも朝鮮半島の馬韓や辰韓弁韓なども30も50も国がありますから、集落でも伝統があれば国で大きいところで今の日本の市くらいの領域しかなかったんじゃないかと思いますが。

狗奴国さえわかればすべてがわかるともなってますが、それもわかりません。

この南の国々は隣り合っているので九州の固まっているか、本州なのかさえわかりません。邪馬台国が奈良にあれば、これらの国は奈良より東でないとつじつまがあいません。そうすると狗奴国は関東だったりします。
また邪馬台国四国山上説の場合にはこれはすべて四国であるとなっています。
九州説の場合は、筑紫にあった漢委奴国王の奴国の南の筑紫平野から熊本平野あたりとなって、整合性は一番ありそうでもあります。

いずれにしてもこれらの国々について考えていきたいと思います。
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一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
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