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邪馬台国と宇佐神宮

邪馬台国宇佐説というのがあります


細かく述べると本になりますが、宇佐と言う場所は地政学的にとても重要であったことは間違いないでしょう。

九州から奈良へいくときの出発点だった。

神武東征もここから瀬戸内海へ。

応神天皇と神功皇后もここから奈良へ。

また逆にこのあたりへ景行天皇は上陸しています。

江戸期においても豊後高田から船で周防へという参勤交代のルートがありました。

宇佐・国東から周防へ行くのが、一番早いし、そこは近いのですね。usa.jpg 


瀬戸内海交易の西のかなめが宇佐


東のかなめが奈良。中央が吉備という構造だったのだと思います。宇佐の場合は九州中からいったん宇佐に物資が集まり

ここから瀬戸内海交易へ旅たつ。奈良の場合は、関東、信州、北陸との交易が尾張へ集まり、そことつながることで東方交易へもかなめとなっていった。


宇佐から周防まで30キロほどで国東半島からは周防半島が見えます。この見えるというのは大きかったでしょう。

関門海峡を越えて峻険な山道を進むより、宇佐と周防を行き来する方が交通として楽であったでしょう。

平安時代などは、宇佐をお祓いしていました、たしか。

大陸や半島から疫病がやってきて日本でも流行することがしばしば。

そのたびに奈良からみると疫病の出発点は宇佐なわけです。

宇佐からみれば筑紫で、筑紫からみると半島なのですが、近畿圏からみると疫病は宇佐から来る。だから宇佐をお祓いしないといけない。強力な疫病の出発点です。

そこで宇佐神宮というものができたとする説もあります。



 しかし、宇佐が重要な交易港だからこそ、そこから人も物も出発し、疫病も出発したのであり、疫病祓いのために宇佐神宮ができたとしても、もともとそこが栄えていたからこその話であり、そこには何者がいたのかということが問題となってきますね。


一説には秦氏の居城


例の秦国という中国人の町だと裴世清が記した国はこの宇佐から行橋への弓なりの海岸線のことだというのもあります。

宇佐神宮 

関門海峡から国東半島まで、弓なりの海岸が平野となって連なるのです。瀬戸内からだから波は穏やか。海の向こうは同じ倭人の住む周防や安芸ですね。そしてそのはるか東に吉備は奈良がある。
この宇佐と国東ゾーンから周防半島をにらむ立地は魏志倭人伝のこの文を思い出させます。
女王國東渡海千餘里復有國皆倭種
女王国の東、海を渡って千余里のところに、また国がある。みな倭種である。

これをもってもうそのまま宇佐が邪馬台国であるということもできますが、しかしここでは女王国と言っているのですね。


宇佐神宮邪馬台国説の一番のポイント


それは宇佐神宮の祭られている三人の神様です。

両脇に神功皇后と応神天皇を置き、真ん中にはヒメ大神がいます。

宇佐神宮HPより

宇佐神宮は全国に4万社あまりある八幡様の総本宮です。

八幡大神(応神天皇)・比売大神・神功皇后をご祭神にお祀りし、
神亀2年に創建されました。

皇室も伊勢の神宮につぐ第二の宗廟(そうびょう)として御崇敬になり、
一般の人々にも鎮守の神として古来より広く親しまれてきました。

**********************

この比売大神というのは姫大神であり、つまり姫の神であり、本来の祠は宇佐神宮の近くの小さい神社でそこは宮内庁管轄で一般の立ち入りは禁止されています。

いかにも卑弥呼のことのように感じることもできます。

卑弥呼の意味も本来姫さまということだという説があり、

卑弥呼も姫大神も同じくらいの姫とだけ言っているのだということですね。


もう一つの考え方=自説


宇佐神宮の面積は60ヘクタールです。

吉野ヶ里遺跡も60ヘクタール。

唐子鍵遺跡が40ヘクタールほど。

宇佐神宮というのは弥生集落と同じくらいの広さなのですね。



宇佐神宮の構造はまさに濠に囲まれた弥生環濠集落です。

いかにもここには弥生以来の瀬戸内海交易をする環濠集落があり、
それがそのまま神武や応神の時代にも港としてあり、
奈良へ向かうときの重要拠点となっていた。

そんなことを考えるとここが邪馬台国でない場合でも
ここはあの不弥国であって、
対馬海峡渡海のあとの水行の出発地点に思えないこともない。
でも瀬戸内海はあっというまに行けるからゆ~~くり進んでも20日もかからない。仮に安芸や周防うあ吉備で大宴会をしながらいけばまあ時間はかかるでしょうが。
水行く 
すると宇佐から船で水色の線で20日で河内あたりの湿地地帯、当時の奈良平野へ到着します。
そこから、黄色線に沿って、船で10日で尾張伊勢、歩くときは山越えで1月で伊勢尾張へ、(10日もあれば到着しそうですが)

宇佐目線で行くと邪馬台国は伊勢湾周辺地域だった。投馬国は奈良だった。
ということになりました。
探求はまだまだ続く・・・・・・・
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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
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