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対馬と邪馬台国

司馬遼太郎の街道を行くを読む。
その中に壱岐対馬の道があり、対馬と神話についての概観というか、雑感が記されています。

対馬海峡を鉄や稲が渡る道筋が神話に反映されているのだろうと。
そして、対馬には天津神たちが、土着の神のように祀られいると。
代表的なものが、アマテル神社だと。
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自分でも対馬こそ日本の王家発祥の地ではないかと思っていました。
鉄器を倭人としては最初に大量に保有したのが対馬でしょう。
鉄の生産地である辰韓の山には目と鼻の先です。
そして南北に交易する船の民です。
出雲までの渡航時間は2日ほどです。
対馬海峡世界こそ天孫族の故郷でしょう。
よく朝鮮半島から来たとのが天孫族という話がありますが、それは対馬海峡に海洋勢力があることを無視した話です。
例えば有史以来、どんなに栄華を極めた朝鮮の王朝も対馬を征服したことがありません。
倭寇に苦しめられても対馬そのものを征服しません。
それだけ半島の人は海が苦手なのです。
渡来人が来るにしてもその船は半島南端にいた倭人の船でしょう。
当時は今の国境があったわけではありません。半島にいると朝鮮民族で九州にいると倭人と言うことはない。壱岐対馬の行き来する場所には倭人が常にいるわけです。
対馬海峡は潮の流れ、季節風、季節によって変わる風や潮や太陽の高さなど、すべて頭に入った海洋民でないと渡れないでしょう。
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このように対馬海峡の言わば制海権を持っていた壱岐対馬人は新石器から青銅器への端境期と、青銅器から鉄器への端境期に、倭人世界では最先端の兵器と文明を持った人たちであり、船を操るために、自動的に戦闘集団を形成した最強の海軍の勢力ということになります。

対馬の稲作不能の地から、可能な地への移動。これこそが国譲りであり、邪馬台国という三世紀に繁栄した勢力の原点でもあるにではないかと思います。
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一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
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