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神武東征の裏を読む②「日本古代史 邪馬台国と卑弥呼の探究」

神武東征のルート

日向高千穂

宇佐

岡田宮 1年

阿岐国=広島 7年、

吉備国=岡山 8年

神武東征ルート

これは実は明らかにおかしいと思うのです。これだと倭国の王権の出どころや関係者はみな瀬戸内海出身になります。宮崎県は宇佐まで行けば瀬戸内海交易に参加できるので、準瀬戸内海世界の一員ともいえるでしょう。

古代世界の幹線道路

朝鮮半島の楽浪郡や帯方郡は紀元前後にずっと倭国に影響を与え続け、外交のあるところは3世紀で30国を数え、その前は100の国があって外交関係もあったようです。
当時の文化や文物の流れは半島経由であり、そこから筑紫に来るとしても、そこから向かう先は瀬戸内海ではありません。

古代世界のメイン道路は日本海です。
そう考えたとき、神武東征は完全に日本海世界と没交渉なのです。
神武以前にこんな東征ルートがあって然るべきでしょう。
東征2 

日本海ルートの国々

まず何といっても出雲です。出雲といえば神武の皇后は事代主の娘です。
荒神谷遺跡からは国内で見つかったすべての銅剣と同じ数の銅剣が見つかっています。この場所と無縁に政権がとれるのか?

そして丹後です。籠神社=元伊勢神社があり、国宝海部氏系図があります。そしてその丹後半島の中央には赤坂今井古墳があり当時の日本列島の国で最大級の数のガラス細工が発見されています。海の民だったのです。

そしてその丹後から南に下り琵琶湖周辺には2世紀に伊勢遺跡があり、稲辺遺跡があります。これは明らかに丹後から半島文化が流れて琵琶湖周辺で町を築いたという形です。
そして近江の琵琶湖の南に尾張と伊勢があります。尾張氏は海部氏の分家のようなものであり、実際に同祖であるとなっています。

若狭湾には冠島があり、ホアカリノミコトが天孫降臨したと言う話もあります。

つまり
対馬→出雲→丹後→近江=琵琶湖→伊勢尾張
という大動脈があったと思われるのです。

そして神武東征をこれらの国々が黙ってみていたのかと思うわけです。

・・・・・・続く

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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

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