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「日本古代史 卑弥呼と邪馬台国を探求する」宇佐神宮は弥生環濠集落の上にできたのだ   説


 


宇佐神宮は瀬戸内海交易の西のかなめ。


九州中からいったん宇佐に物資が集まり


ここから瀬戸内海交易へ旅たつ。神武も応神もここから旅たちました。


さらに景行天皇も宇佐の北あたりに上陸しました。

古代海上交通では関門海峡を越えるのではなく

周防半島と国東半島の行き来によって本州と九州はつながっていたということですね。


そして周防まで30キロくらいです。近くの国東半島、姫島あたりからは周防が見えます。



 


宇佐神宮は60ヘクタール。

吉野ヶ里遺跡も60ヘクタール。


宇佐神宮というのは古代の弥生集落と同じくらいの広さなのですね。




纏向遺跡は300ヘクタールだから宇佐神宮の5個分
宇佐神宮は東京ドーム14個分くらい。



纏向遺跡は東京ドーム70個分。
広さの見当というのは難しい。

いずれにしても纏向はちょっと別次元の遺跡です。


 



唐子鍵遺跡50ヘクタール。
壱岐の原の辻遺跡  100ヘクタール。
米子の大山のふもと 妻木晩田遺跡  150ヘクタール。


宇佐神宮基準がわかりやすいか。
たいていの古代環濠集落はなぜか宇佐神宮の規模です。

ということは実は宇佐神宮は環濠集落の上に建てられているかもしれません。







とにかく広いですからね



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一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
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