FC2ブログ

邪馬台国はヤマタイ国か

邪馬台国をヤマタイ国と読むのは研究による選択であるので


本当はヤマト国かもしれません。


ヤマトという音はなにを意味するのでしょう。


ヤマト王権=大和=大倭ですが


倭人伝に出てくる市場の管理者は大倭でした。


 


あるいは邪馬台国の大倭という役職のものたちが


広域交易権として出来上がったのがヤマトだったのかもしれません。


そしてその交易の中心市場が纏向だったのかもしれません。



また


奈良あたりにヤマトという地名がないのはよく言われることです。


ところが九州にはヤマトは割とあります。


山門と書く地名ですね。


筑紫平野に山門郡があり


福岡には下山門と上山門があります。


戦後にできましたが熊本には山都と書いてヤマトというところがあります。


またこれも戦後ですが日田のとなりには山国町があります。


 


こうしてみると日本列島の地形では山がつく地名は必然ですね。


山口 山梨 岡山 富山 郡山 基山 などなど。


ヤマの中やヤマの合間を縫っていたりヤマの麓や山の見えるところといえば


これはもう日本のすべてであり、山の見えない平野はありません。


また海に出ても常に列島や島々の山が見えるわけです。



ヤマタイでもヤマトでもとにかく


ヤマの国ということですね。


 


ではヤマト国なのかヤマタイ国なのか。


ヤマタイという日本語は何なのかと思います。


おそらくヤマト国なのでしょう。


しかし国は中国側が勝手につけたのであり


倭人自らは伊都国とは言わずいと


奴国とは言わずな


ヤマタイコクとはいわずヤマト


と呼んでいたでしょう。


 


ヤマトとはすでに尾張以西の総称になっていたのかもしれません。


倭人がつくった国の名がヤマトであるというだけの話かもしれません。


ヤマトに女王がいて


まつろや壱岐対馬までみな女王国であったようです。


 



 


 


 


 

スポンサーリンク

コメント

非公開コメント

古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

スポンサードリンク

プロフィール

古荘英雄

Author:古荘英雄
一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

ブログ村ランキング参加中

ブログ村古代史ランキング参加中

PVランキング参加中

ブロとも申請フォーム

検索フォーム

QRコード

QR