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諏訪と海人族  邪馬台国以前の世界3 再録

福岡志賀島を根拠地とする安曇族は、日本中に交易拠点を作っていったとする説があります。


そして安曇野に一大拠点を築いたと。


それは黒曜石による一大交易センター諏訪の近くに、拠点を持ったということです。


諏訪というのはしかし、周囲に微妙に平野を従え川を作り、太平洋、日本海に連結していく。ここに日本中から人々がやってきた。


 


確かにこの日本アルプスの地域は冬は厳しくて人の行き来が途絶えるかもしれないが、


夏はどうだろうか?列島でも最適な避暑的な、水も冷たい最適な陸路だ。


ついつい冬の最悪の旅を考えがちだが、夏の最適な旅を考えると、このアルプスのあたり、人々がうようよしていただろう。


諏訪湖なんて大国主命の息子タケミナカタ神が亡命するほどである。


逃げたのも船でだったかもしれず、追ったのも船かもしれない。


 



日本海から諏訪湖に行くまさにその途中に、安曇野があります。


安積族は、日本海で上陸して、そのまま諏訪湖方面に向かい


途中に植民地的な根拠地をつくったのでしょうね。


見事に諏訪湖に行く途中にある。


黒曜石というものは鉄器や銅器以前の世界では最高の資源の一つ。


縄文の8000年間くらい列島の交易センターの一つだったのではないか。


現在の京都に劣らぬほどの伝統をBC300年ころまではもっていたかもしれない。青銅器以前の中心世界です。


石器の諏訪、銅器の出雲、鉄器の邪馬台国という流れだったかもしれない。


 


それにしても微妙な場所にあるもんだ。


越の勢力圏になるのだろうか。


越と志賀島は結びつく。


すると丹波=若狭湾の重要性がますます増していく。


この日本海という高速道路は列島内域のものを日本中にまき散らすのだ。


 


諏訪のあるあたりから関東も結びつくから要は関東から西がまずは同じ勢力圏になる。


当時はあらゆる意味で日本海が表日本で太平洋は裏日本。


太平洋の海の向こうは、昔は海しかなかった。


でも日本海の海の向こうはいろいろ目白押し。


 


でも安曇族=志賀島が安曇野=諏訪の近くなら、


明らかに志賀島の人まで諏訪に用事があった証拠。


こんなに見事に海から諏訪に行く途中です。


すると丹波に上陸したのも志賀島勢力が。


志賀島の祝詞は君が代ですから。


そして白村江の戦いの出港は志賀島発です。


 


九州海人勢力が日本海を使ってあちこち行った。


丹波、越、そして丹波から大和、尾張=伊勢。


福井や金沢など、大和地方の周辺の海はみな重要地でしょう。でも諏訪湖はその後どうなったのだろうか。


 


海の勢力と陸の勢力。


天津神と国つ神か。



上図をみるとそのまま即邪馬台国ですよね。


下記は丹後の赤坂今井墳墓。



こんな風に丹波までいれるともう列島は邪馬台国とか、大和王権とか、わずか二つ3つの勢力で古代を語ることはできなくなる。この連中は何者だ?


海部氏の系図というのが国宝であるのですが。



こんな感じで。


しかし海人は船を造る製造技術。航海のための気象天文。交易先の言語や風習。


そしてぶつぶつ交換の目利きと各地の特産品、黒曜石、ヒスイ、銅、鉄などの知識。潮を読む。など先端知識の持ち主たち。


でも列島の陸を行く人たちも、山の木々や果実や草や川の記憶、動物、季節の移り変わり、山の天気を読む能力、などなど日本列島だとほんと山の民も相当なものです。



 


徐福なのか?


丹波は


ホアカリノミコトの子孫ということになっていて、饒速日となるが、じつは先行するあらゆる権力に自分たちの名前をあてはめて取り入れた。


がんばれ徐福。


素人のたわごとですが、ホアカリノミコト=徐福


というとぴったりですね。冠島に天孫降臨したと。


ポセイドン神はもともと別のクニの神なのにゼウスの息子でアテネの弟にされたように。



 








 

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コメント

呆旁搖

Unknown
>安曇野に一大拠点を築いたと
太平洋岸の東北・関東からの交易の道。概ね、佐久・諏訪を経て安曇野から日本海へ。近畿・濃尾は若狭へ。
ここに海の民の一大拠点と想像します。

海の民と山の民、海の道と山の道。これらが織りなし築かれた縄文時代。
大和時代までの間に、奴国・邪馬台国などの時代。

縄文から弥生への移行時代もロマンを掻き立てます。

OTOPIKO

素人の戯言
こんばんは。
話が進んでましたね。笑
近畿の五芒星が海人のヒントになるかもです。

富士山と出雲大社のライン中間点に直角のラインを引くと若狭ー京都御所ー橿原神宮ー熊野大社が一本で繋がります。

若狭の三方五湖に常神とあります。
折口信夫のマレヒトの文化と繋がるのでは無いか?

あと、氷河期は火山帯や温泉のある土地が温かくで住み易かったのでは?
諏訪も別府に次いで温泉の湧く地です。富士山からの湯脈だと伺っております。

作者

Unknown
まえから三方五湖は気になっていてブログでも紹介したことがあります。美しい。そして若狭湾の中でも天然の港、根拠地に最適なもののひとつかと思いました。
そして縄文の植生で行くと諏訪は普通に照葉樹林帯でした。
温泉もあるのですね。もう湯治場もかねてたのかと、すごいとこですね。
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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

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