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「日本古代史 卑弥呼と邪馬台国を探求する」古代倭人世界は海流の中の島々ではないのか?


今日は③の海域の話です。


江南にあった中国古代の国はまさに越です。



この越が呉に滅ぼされたときに、③②①を通って日本列島の越に来て作った国がまさに越だという説があります。


江南地方の農村風景や稲作と日本はそっくりだということ、江南地方のひー、ふー、みーという数え方はいまでもいち、にー、さん、と併存して日本に残っています。


似てるのは揚子江の米作文明、朝鮮とも華北、中原ともにていない。


しかもそのもとは秦帝国から来た客家の読み方だとか。



 WIKIPEDIA


越はなど長江文明を築いた流れを汲むと考えられており、稲作や銅の生成で栄えた。


越ではの生成技術に優れており、1965年銅剣湖北省江陵県望山1号墓より出土したが、その銅剣は表面に硫化銅の皮膜が覆っておりさびていない状態で出土し現在も保管されている。稲作は越人によるものである。


荘子によると、当時の越の人々は頭は断髪、上半身は裸で入れ墨を施していたという。


まるで倭人のようですね。


これを頭に入れてこれです


現在の台湾に行けば、そこから日本列島が連なっていきます。


沖縄列島、奄美諸島を乗り継いで九州南岸につきます。それは黒潮のコースでもあることから、楽な航海かもですね。このコースをよく知る者は。


黒潮が船を運びます。そして途中途中沖縄の島々に寄港できる。そう考えると沖縄諸島は古代から越地方と日本を結ぶ重要拠点、文明化もかなりのものだったのでは。この島々に邪馬台国があってもおかしくはないですね。最先進国として。(しかし倭人伝の流れからそうは思いませんが)



宮崎県の日向に天孫降臨したといえるコースですね。越人が天孫族とか。


新潟の越には天孫降臨神話があるとか。


したがって、実は越人の上陸という出来事は日本の、海流の通り道でどこでも


あったのではないか。その総称が天孫降臨。


そして、記紀にある天孫降臨はその一つとして、韓に開いた地に上陸した一族の話。九州北岸ですね


四国、紀伊半島、出雲、能登、新潟にも越族=天孫族は上陸したのではないかと思います。


 


古代漢文化圏の人々が大量に来た可能性がある。


日本列島のすべてが海流の帰結点ですからね。


半島からの帰化人は大量に来たことは認知されているが、


漢文化圏の人がたくさん、しかも沖縄黒潮ルートで来たという認識はない。


でもはるかに、想像を絶する数がこのルートで来たのではないか。大陸から半島経由で文明はやってきたという先入観を我々はもっている。


それは陸からの視点ですね。


でも海からの視点でみればまるで違う世界が見えるということです。 


 



この地図のすべての国に影響を振るうことができますね。


海流にのって江南から来た人が上陸したとすると。


言葉が日本語で文法は違うから、言葉が変わるほどの人数ではないにしても


稲作と製鉄や国家運営、戦の仕方、文字、暦の使用、天体観測など文明を伝えてみずから国の長になった可能性は十分にありますね。


国ができるまえにやってきたから歴史の始めと同じで、だからとちゅから来た帰化人とは違う。と。


春秋戦国の文明を携えて、紀元前400年ごろの日本に来たら、どこででもなんでもできたでしょう。


文明を伝える集団ということで、10人もいれば神様扱いだったのではないかな。


そんな10人が10個くらいの集団で


日向、筑紫、出雲、越、紀伊半島、四国などに天降ったのかもしれない。


高天原は江南の越か。


カッコつけて、流民なのに神様の命でやってきたのだと言ってみたとか。


 


 

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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
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