FC2ブログ

「日本古代史 卑弥呼と邪馬台国を探求する」邪馬台国への陸路 海路

九州北岸に上陸して、有明海沿岸の筑紫平野、佐賀平野へはどんな陸路が人間の行動としてまっとうか?


これが下の地図です。


福岡平野を太宰府を経由して、筑紫平野に入る。ずっと平野を歩く。しかも福岡平野は御笠川に沿って、筑紫平野は筑後川に沿ってと、歩きやすい。福岡平野を歩くなら博多湾に上陸するでしょう。


なんでわざわざ唐津湾や糸島に上陸するでしょうか?余計にたくさん歩かないといけない。


まして地図をみてもらうとわかりますが、糸島や唐津湾沿岸の山々をなんで歩く必要があるでしょうか。


目の前には九州の陸地が広がっておりもう航海の危険はないのです。陸地を見ながら博多湾までいけばいいだけです。唐津湾糸島の山道や狭い海岸線を歩くよりよほどいいのです。




もう一つは伊万里に上陸して武雄経由で、佐賀平野に行く。


どちらもあったと思います。しかし半島や大陸の使節にですね。伊万里、武雄間の山を歩かせるより、福岡平野をのびのびあるいてもらい、太宰府あたりで一回休息、晩餐会をして翌日邪馬台国へ。というコースが人間的です。


つまり伊都国は太宰府です。


国の比定はこんな感じ




それから、使節は邪馬台国に行く時は上図の陸路を歩くのですが、ときによっては有明海から直接船で半島へ帰る。


地元民はあの辺の海は自分の庭のようなものだったでしょうから。


下の地図でみていただくと福岡筑紫平野を歩く距離と有明海から壱岐までの距離はおんなじくらい。


なぜ行きは有明海に直接いかないかと言えば理由は2つ。


1.有明海は入り組んでいて地元民でなくては水路がわかりづらい。


   くな国が熊本平野なら有明海に軍団の護衛なしで入るのはは危険だ


2.福岡平野、筑紫平野の国々に威光を見せながら歩く。それは邪馬台国の権威付けの手助けにもなる。


ということでこれは、


人間の取る行動としては合理的で当たり前のやり方と思います。

スポンサーリンク

コメント

非公開コメント

古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

スポンサードリンク

プロフィール

古荘英雄

Author:古荘英雄
一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

ブログ村ランキング参加中

ブログ村古代史ランキング参加中

PVランキング参加中

ブロとも申請フォーム

検索フォーム

QRコード

QR