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瀬戸内海で邪馬台国を考える

古代において


瀬戸内海は危険な海だった!!


瀬戸内海は船で通ると本当に狭いです。両側に違う国があったり、岬を回るたびに違う国があったりすると


この海の航行の安全はきわどいものです。日本海のように陸から離れてたら大丈夫というわけにはいかない。


なにしろ両サイドに陸がすぐあるから逃げられない。


船団に襲われたらまず負ける。


したがって、行く先々が友好国か中立国が未開状態でなければ危なくておいそれとは船で移動できない。


そういう意味からも古代においては日本海がなんといっても最大の幹線通路だったことでしょう。


瀬戸内海は運河のように狭い。


ところでこの図はまるで湖を巡って一つの生活圏のように見えますね


瀬戸内海はおおざっぱに3つに分けてみます。まずこの河内平野から淡路島を含んで吉備国(岡山)のあたりまでの湖のような形。


淡路島というのは四国と兵庫の通路にして、和歌山と四国の通路でもあり河内平野の海を守ようにある。


(余談*淡路島と琵琶湖の形はとても似てるけど、大陸移動説のようにぴったし合わさったらそれはどういうことなのだろう、などとよく思います。)


小豆島も絶妙な場所にあります。淡路も小豆島も別の国だったら怖くてこんな海渡れませんね。



 今度は岡山から福山の間の広がりです。四国側も海岸線に平野が連なっています。


そして吉備国を中心に見ると


この二つの海は岡山平野を中心とする吉備国が抑えるでしょう


。少なくとも淡路島西岸までは。すると吉備というのは瀬戸内海勢力の最大のものだったかもしれません。


九州と近畿を結ぶ航路は、高松、岡山、小豆島の天然の防衛ゾーンを超えないといけないわけだから、


この勢力を味方にするかどうかですべてが決まりますね。


でも岡山平野の国と、


高松の平野の国と、福山の平野の国と小豆島の国と、


兵庫の平野の国と


淡島の国とみな別々で百家争鳴の状態だったらとんでもなく不安定なゾーンですね。


そして九州側はこうです。


豊後水道と瀬戸内海が混ざるところ。国東半島で九州側の勢力は二分され四国も愛媛の細長い半島となり一つの勢力が制海権を取りにくい感じです。


愛媛の平野や周防までは海と山しかない感じで、でも島はたくさんあって


ほんとこの島のどれかに敵がいたら完全に隠れて襲われる。


まあ、これだけ島があって両側に陸があって、狭い水道である瀬戸内海。


周辺勢力の整理がないかぎり、あるいは未開の状態であない限り、怖くて使えない水道ですね。



 どうでしょうか?大きく3つに分けられると思いませんか?


そして瀬戸内海世界の複雑さに比べて日本海はどーんと広がる自由な航路という感じですよね。


記録はともかく地政学的に、九州の勢力が河内平野を占領するなら。


少なくとも正規軍が遠征して河内平野を占領するならば。 


日本海を、出雲、鳥取、若狭湾と進軍し。


若狭湾に補給基地を作り、琵琶湖に進軍。


そして琵琶湖北岸にも若狭湾からのつなぎの補給基地を作り


琵琶湖の制海権を取る。


はっきりいってここまで邪魔は全く入らないのです。


途中で出雲勢力さえおさえれば。


しかもその出雲勢力はすでに若狭湾まで勢力下においていた。


ということは出雲さえ押さえれば琵琶湖北岸まで一気に取れる。


そして唯一の戦いは、まさに本番である河内平野に北側から侵攻する。


そうすると進軍して、補給基地を作るだけで、


戦いは河内の本土決戦のみです。


当然これが定石でしょう。


どの島影に敵が隠れてるかわからず、狭い水道に小豆島や淡路島まである瀬戸内海を正規軍がすすむことはない。


だから神武東征というのはゲリラ的なものでは?


河内の戦いも弱かったですからね。


ところで上の定石通りの戦いもあったのではないかと思ってます。


この地図を見てると、そうとしか思えない。


現に出雲は若狭湾から越の国まで勢力下に収めていたと。


そして高天原(高・海・原)という九州勢力は出雲国を譲らせたのだから出雲勢力圏はそのまま高天原勢力圏になる。


つまり国譲りの瞬間、「高・海原」は若狭湾まで獲ったということなのである。


当然次の一手は河内平野の占領だっただろう。




しかし近畿説だとこの瀬戸内海全域をすでに治めていたことになる。完全に掌握したことになるほどの大国が狗奴国の脅威など感じないと思うのです。近畿以西の日本をすべて掌握している国にどの勢力が脅威を与えるでしょうか。




その点からも邪馬台国は九州か。






 

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コメント

天地無我

表街道・裏街道
弓なりの日本列島に南北から海流がぶつかる。
太平洋側。南北双方からの海流は房総で衝突し広い太平洋をそのまま東方向へ。船が元へ戻るには労力を要する。
日本海側。大陸岸の形と相まって、反時計回り周回航路が出来る。海流に乗れば3点周回交易が有利となる。

北九州~出雲~若狭~越は利害が一致した大陸も絡めた日本海貿易圏。

北九州勢にとって、危険あるいは流れの制約があり、更に有料航路の関門海峡・瀬戸内海は必ずしも必要ではなかった。

瀬戸内海・日向勢。交易相手としてそれぞれを特に必要とすることになる。

河内勢。両方向と交易が可能であり、やや独自性もあったのではないだろうか。

まずは、北九州勢(甘木・朝倉が旧天孫の奴国の一部として)か゛出雲経由で、奈良盆地に入植し一勢力を有していた。(地名のコピーの多くはこの時に始まった)
瀬戸内海勢と友好関係にあった日向勢が新天孫の北~中九州を案内し奈良盆地に入った。(先に入植した勢力からの"引き"もあったと思う)

同時に河内勢を懐柔しての、九州・瀬戸内海・奈良の"纏向連合"。(記紀の記述を支持しています。)

やや孤立気味の"出雲連合"。纏向連合が国譲れと。そして大和王権。

日向が地政学の裏街道でミチを開いた。女王国東の果ては表街道が、裏街道に繋がる重要地だったと思います。

瀬戸内海勢力。団子で一つの勢力圏?、それともつなぎ目中心に1つの勢力圏?。やや入り組んだ中国地方とややのっぺりした地勢の四国。どの様な勢力分布だったのでしょうか?。岡山とは別に、単独で高松に一大勢力が有っても不思議でない様にも感じますが。

作者

Unknown
桃太郎。
纒向遺跡に桃の種がたくさん。
纒向から来た桃の使者が、吉備の三つの氏族に案内させて出雲、隠岐の島の黒曜石の権益を守る大国主たちを征伐に行った。
時はまさに神在月。全国から豪族が集まっていた。
そして、鬼たちに国譲りをさせて黒曜石や各地からの交易品を上納させて、吉備、奈良へとかえっていった。

これが桃太郎伝説の新説。つまりは桃太郎は剣を砂浜に突き刺した神様です。

天地無我

WONDA金の微糖を飲みながら
桃太郎。
悪い奴。お駄賃程度で犬などを手下にして、危険な所へ。鬼があちらこちらから苦労して集めた財宝を略奪。その財宝を元の所有者に返すことなく、ほぼ独り占め。

子供の頃から、鬼・なまはげ・天狗などに西洋人との遭遇をイメージしていました。

見聞や架空想像の動物やら鳥やら人物やらいろいろ。これらのモデルは何だったのでしようか。

少佐

Unknown
むしろ縄文人がモデルでは?山にこもり時々平野を襲う人たちがいた。しかし、かれらは、平和的てで襲ったりしない。やはり異形の人種がいたのか?東北地方に山からもっこが来るという歌がある。博多で戦った武士が青森に帰って、悪いことした子供をしかるときに山から蒙古か来ると言った。つまり、列島では山は何かおどろおどろしい空間でそのシンボルガ天狗とかだったとか。

天地無我

イモかモモか
>子供をしかるとき
確かに、いろいろ出てきますネ。
この平地は現世。山は神・魔物の世界。山の向こうには幸いがあるとか。

桃太郎は悪い奴に一票ですが。、しかし土地は奪わなかった。奴隷として拉致はして来なかった。
桃太郎に対して、世界の侵略史は?。今、人権を声高に叫んでいる欧米は、その人権の立場から近代史を捉えて自覚しているのだろうか?。

少彦名神。稲作など農耕(=宝)に寄与したとか。瀬戸内にも。道後温泉の開湯に関係など伊予国風土記逸文にあるとか。
ガガイモの船よりも桃のほうが一般受けはする。
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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

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Author:古荘英雄
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