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官と王

 国々に官がいて、伊都国にもいますがしかし、伊都国にはそれと別に王がいるという表現だと思うのですが。すると、各国の官は邪馬台国直轄でしょうか。伊都国のみ一大卒があり、王がある。しかし各国には大倭が設置されていて、交易を監視しているようです。 
どれくらい、国々に独立性があってどれくらい中央の組織があったのか。卑弥呼の死後大乱になるくらいですから、大した組織ではなくやはり独立色が強い。 
江戸時代に各大名が朝廷から官名を幕府から役職をもらってはいたが一応独立していたようなものでしょうか。 

それにしても奴国は明らかに九州で。邪馬台国が近畿にあると、2万戸数の奴国を7万の邪馬台国が近畿から支配できるものでしょうか。1800戸の伊都国をもって。 

この邪馬台国統治の在り方は、官名があるというのが不思議ですね。官名まであれば剣に文字を彫る程度の文字使用では絶対にないと思います。それは文書で書かれる。倭人は官名という概念があったのか。しかし帯方郡にみずからを士大夫と名乗るなどの中国教養を持っていたのだから、文字が読めるわけで、読む人は書く。権力者だけでも。 

すると伊都国などは邪馬台国の中で明確に特別扱いであり、その地に一大卒を置く意味は何か。糸島半島は特に際立ってもいないが半島の山々は海も陸もみはれるというくらいでしょうか。博多湾のほうがよほどなににせよ戦略的に便利なのですが。


添付した地図を見ると日向=投馬国と紀州はこの海岸ルートでつながっているような気がしてきました。日本海は出雲と越が、瀬戸内海は両岸がせまり、吉備があり、航海は全然でもいつどこからおそわれるかわからない。完全に制海権を握らない限り瀬戸内海は怖い海ですね 
すると日本海は表通りですが、裏通りとしての太平洋航海というのは実は盛んだったかも。縄文の黒曜石は神津島から諏訪まで行ってたわけで、日向、高知、紀州というのは、たいして大変ではなかったと思われますね。そうなるとますます四国が神秘的ですね。沈黙の四国。九州と近畿をつなぐ四国。日向など四国うえに近畿としたしかったような地政学的な配置です。


 



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コメント

天地無我

官名。簡明でないですね
大倭の役割は、交易量の測定と"ショバダイ"の徴収程度だったのでは。後、共立時の申し合わせ遵守の監視か。でも、恐れられていたから、悪代官ブリもあったのか?。諸勢力の独立と緩やかな連合だったように思います。中央集権としての秩序の締め付けが確立したのは江戸時代になってから。それ以前は、その勢力がどの様に中央に対峙するかはかなりのまだら模様だったように感じる。それでも、
中央。天皇に対しての畏敬は失われたことはなかった(信長が例外か)ことはスゴイ。

沈黙の四国。ですね。不思議です。
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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
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