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邪馬台国近畿説 若干の雑感

邪馬台国近畿説が導き出す解


邪馬台国=大和王権


大和王権の成立=3世紀


 


 


纒向遺跡の発掘からこうなるそうです。


「邪馬台国畿内説」の画像検索結果


しかし記紀に照らすとこうもなります。


崇神天皇からはじめて奈良盆地を超えて全国制覇に乗り出した。


『日本書紀』によると、崇神天皇10年(紀元前88年?)にそれぞれ、北陸東海西道丹波に派遣された。なお、この時期の「丹波国」は、後の令制国のうち丹波国丹後国但馬国を指す。 教えを受けない者があれば兵を挙げて伐つようにと将軍の印綬を授けられ[1]、翌崇神天皇11年(紀元前87年?)地方の敵を帰順させて凱旋したとされている[2]


なお、崇神天皇は実在したとしても3世紀から4世紀の人物とされている




 


こうなると卑弥呼と同時代で伊都国に一大卒を置く余裕がありません。




近畿説はいい加減です。特に纒向遺跡を考えると崇神天皇のまえにすでに駿河から九州までしっかり統一されている。




200年ごろの卑弥呼即位の前に大乱があったと。つまりその前にいったん統一があったと。すると大和王権は2世紀にできている。崇神は3世紀です。




だからいい加減です。ほんと文献的にいい加減で遺跡以外のすべては近畿にならない。


そもそも南に行ったといってるのに東に読み替えるなよ。


 


 


邪馬台国は伊都国を糸島半島に置くことで完全に奈良から九州北部を制圧している。


 


したがって邪馬台国は崇神天皇よりも遅い時期である。


征服後に支配があるからだ。


 


すると崇神天皇は3世紀より前の、


2世紀くらいの人になる。


しかし2世紀は倭国大乱の時代である。大乱の結果卑弥呼がおかれた。


すると皇統の中に明確に卑弥呼はいないといけない。神話でぼかしたりできない。


崇神天皇以降に大乱がありおさめるために卑弥呼がおかれたというのだから。


アマテラスであるとか、うすぼんやりした神話にはできない。


崇神天皇よりもあとだからだ。


 「崇神」の画像検索結果


全国制覇した崇神天皇よりまえに、伊都国の一大卒があるわけがない。


ところで崇神のあとの女の支配者は神功皇后しかいない。


もし卑弥呼=神功皇后ならば


神功皇后の時に魏の使節が来たと書かないわけがない。


記紀を書いたときの唐に慮って親魏倭王は隠したとかいうけど


それは日本における日本人にしか通じない論理だ。何かみたいだ。


五胡十六国時代を平らげた隋、それを継承した唐は魏・晋の後継国を任じていたのです。


唐などは魏志として魏の歴史は正史としたが呉や蜀の記録は雑史として図書館でも別のところに置いたという。


 


それなのに親魏倭王やその事実を隠すいわれは何もなくむしろ積極的にだすべきものです。


 


このように


大和王権の始源の出来事が邪馬台国とすると、すべては矛盾だらけになるのだ。


遺跡の年代があっているに過ぎない。


そして遺跡などはいつどこで見つかるかわからない。


ぼくが生まれた時には


出雲の架空の国で、吉野ヶ里などあほかというような伝承だった。


 


みな本当だった。


 


 

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コメント

天地無我

迷い道
>「神功皇后の時に魏の使節が来たと"書かない"わけがない。」
・記紀編纂の目的からして、誰の時の使節であっても"書くはずがない"と思っています。

>「大和王権の始源の出来事が邪馬台国とすると、すべては矛盾だらけになるのだ」
・記紀は上記目的のために、都合よく編集されている。
これを事実がごとく解釈しょうとしたときには、邪馬台国とかに限らず矛盾だらけになって当然と思います。
始原の出来事などについては解釈というよりも、斟酌すべきものと感じています。

>「遺跡の年代があっているに過ぎない。」
・全くその通りです。
それだけで、なぜ魏志倭人伝の邪馬台国と考えるのでしょうか。発音が似ていることもあるでしょうが。
黄色の着物を着た人が言うなら兎も角、一流の学者までもが。

少佐

Unknown
根本において、場所がどこかというより、邪馬台国が大和王権につながってるかどうかという意見の相違になっていますね。
学会も

不弥人

近畿説は空白を作る
近畿説の場合には、南九州が空白の地帯になります。
それは、末盧国を宗像にあたりに置くと筑紫平野が空白になるのと同じ。

やはり邪馬台国に関連すると、宮崎日向と筑紫平野佐賀平野、福岡平野、唐津湾と糸島半島、背振山系、このあたりが空白になってはいけない。

奈良はある勢力が勃興していたのではあるけど、これは邪馬台国ではない。

九州上陸後たった800里をあれだけ精密に記して、なんであたかも宇宙戦艦大和がワープするかのように、あそこまで飛ぶのか?
周防の記述は?吉備は?瀬戸内海が運河のおうだとか島々が無数にあるとか小豆島が正面をふさぐとか淡路島なるものがあるとか、いろいりお書きそうなものではないですか。

日本海経由でも、まずは出雲の事が書かれてそれは神在月の逸話をカ化にわけがない、そして丹波にいったら若狭湾のこおとを、そこから奈良へいくなら琵琶湖を書かないわけがない。

と思いますね

少佐

Unknown
結局縄文時代の交易ルートというのがどうだったか。
いきなり纒向氏遺跡ができてさあ全国的に土器をもってこいではないでしょう。

土器自体7000年前、いえ10000万年まえからあるのですから。縄文時代から列島内、海岸ルートの交易ルートがあった。纒向はそのインフラの一つで、べつに縄文時代にも国の真ん中編で伊勢湾、若狭湾、瀬戸内海にめんして便利だった。
纒向遺跡の3000年前からそういう機能があったかもしれませんね。
諏訪も越も縄文からです。
邪馬台国とか大和でなく、縄文時代の交易ルート研究が待たれます

神墓神墓学者

Unknown
日本の場合、発掘された文書がないのが痛いですね。シュメールなどは粘土板が無数に出てきて一つの文明が全貌が見えたわけです

天地無我

迷い道②  -迷宮路-
奈良は縄文時代来の日本縦断道が通っていた思います。交易面からのみでは一夜にしてあの都が出来たかは説明出来ませんし、自然発生的にも説明出来ません。
自然発生的ならば、河内・若狭・越・濃尾とも平地で繋がる大津辺りの琵琶湖南岸かと感じます。

一夜にして大変貌の代表例は家康の江戸、明治の東京でしょう。これは人為または外圧の様なものがあったと思います。

奈良もそうだと思います。地政学的に都の最適地とは言え、日本縦断道のただの通り道。強い権力・求心力とその必要性がなければ一夜にして都は出来ません。
記紀はこの"力"を他勢力に対し、納得させ、正統であることの正当性を説明した"歴史書"と思います。

これらをめぐって、遺跡・大陸文書・国内文書・伝承などの解釈、更に地域愛・愛国・大陸コンプレックス等々の願望・偏見も絡み合って、いろいろな考え方が…。でしょうか?。

天地無我

迷い道③ -雑感- 
>「更に地域愛・愛国・大陸コンプレックス等々の願望・偏見も」
そう批判しつつ、天孫を半島民族としたくない自分がいる。せめて江南にと…。
魏史の邪馬台国を奈良に比定が自意には沿うが、どうしても九州としか。

幸か不幸か、知識・考察力もないから、
多くみられる、捻じ曲げ・詭弁・強弁・自論に不都合は無視・好都合は拡大解釈など"宇宙戦艦大和がワープするかのよう"な知恵は出て来ない。
未熟からの偏見・独りよがりはたくさん過ぎる程あると自負はする。

少佐

Unknown
辰韓は中国人です。高句麗は満州人です。帯方郡と楽浪郡で半分は支配され馬韓だけつまり百済だけ半島人。
しかしあの民族の半分は倭人です。和人が百済も新羅も作っている。
その半島民族は倭人の血を半分以上受け入れながらついに倭から独立したらやはり中国に併呑される。
歴史的に・・・・半島に源氏物語なし。半島に文学哲学なし。
あれはただの廊下です。

廊下共和国と国名変更すべき。国旗からソ連のまねと易経のまねをしている。ウリジナルなら渡り廊下をデザインすべき。

任那に日本の古墳があるといttら日帝だという、この地制のかけらもない連中。
よくちょん切れるはさみだということばがありますがちょん切って木星へ。

よくちょん切れるハさみだ。 早口で言うとハングルです。

天地無我

井戸茶碗は何処へ
井戸茶碗を始めとする高麗~李朝期の陶磁器。箪笥・文机他の民芸品など。
日本人には真似も出来ないもの。

これ等を産み出したあの素晴らしい民族は何処に消えてしまったのか。
過酷な奴婢の苦しみ・悲しみ、それでも生きる意志との極限状況の強さが産み出したのか。

あの時代は

少佐
平和です。中国も唐以来侵入しない。日本も秀吉のときに大倭寇をやったが、大陸民のような侵略はない。
元の侵略はあったが漢や唐のように直接統治ということでもなく。

考えてみれば有史以来おおむね思いっきり平和ですよね。
おまけに近代化で苦労してない。全部日本がやった。教育、職業訓練、近代社会実践研修、インフラ整備、みな日本がやった。近代の戦争も内戦の朝鮮戦争のみ。
アヘン戦争や薩英戦争、もない。東学党の乱くらいか。

いずれにしても古代から近代まである意味世界最高の平和ボケです。別に中国がいつも過酷な支配をしていたわけではない・
唯一がんばったのは、唐とがちんこで戦った高句麗くらいですね。
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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

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