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大国主の妻たち=出雲と邪馬台国

タキリビメ


宗像三女神の一柱で『古事記』では多紀理毘売命、『日本書紀』では田心姫(たごりひめ)・田霧姫と表記される。別名奥津島比売命(おきつしまひめ)だが、『日本書紀』第三の一書では市杵嶋姫(市寸島比売・いちきしまひめ)の別名としている。




沼河比売(ぬなかわひめ、奴奈川姫)


日本書紀』には登場せず、

古事記』の大国主の神話の段に登場する。

八千矛神(大国主)が高志国の沼河に住む沼河比売を妻にしようと思い、高志国に出かけて沼河比売の家の外から求婚の歌を詠んだ。沼河比売はそれに応じる歌を返し、翌日の夜、二神は結婚した。


大国主には6人の妻がいたとされ、古事記では次の通りです。 

.スセリビメ - スサノオの娘。 最初の妻で正妻とされる。 

2.イナバノヤガミヒメ - 根の国からの帰還後では最初の妻とされる。間にキノマタノカミが生まれたが、スセリビメの嫉妬を怖れて子と共に因幡国へ帰った。 

3.ヌナカワヒメまたはヌナガワヒメ(奴奈川姫) - 高志国における妻問いの相手。間にミホススミ(『出雲国風土記』)もしくはタケミナカタ(『先代旧事本紀』)が生まれた。タケミナカタは国譲りを最後まで拒み、各地を転戦して諏訪に祭られた。 

4.タキリビメ - スサノオと天照の間に生まれた宗像三女神の一人。間にアヂスキタカヒコネ(カモノオオミカミ)とシタテルヒメの二神が生まれた。高天原からアメノワカヒコが国譲りを迫るために派遣されたが、ワカヒコはシタテルヒメと結婚した。タカミムスビの呪いによってワカヒコは死ぬが、その葬儀にあらわれたタカヒコネは喪屋を蹴り飛ばした説話が残る。 

5.カムヤタテヒメ - 間にコトシロヌシが生まれた。タケミカヅチの国譲りを受入れ、自らは船を踏み傾けて隠れてしまった(死んでしまった)。鴨氏によって崇拝され、各地の賀茂(鴨)神社の祭神となった。 

6.トトリヒメ - ヤシマムジの娘。間にトリナルミが生まれた。『古事記』にはそれ以降の系譜が9代列挙されており、出雲国の正統が受け継がれたことがうかがわれる。 


出雲国風土記にあらわれる大国主(オオナモチ)の妻は次の5人です。 
ここではヤノワカヒメもワカスセリビメもスサノオの娘であるとされています。 
また、ヌナガワヒメは越国ではなく出雲国のヒメであるとされています。 

1.和加須世理比売命(わかすせりひめ) - 神門郡滑狭郷 → スセリビメ 
2.八野若日女命(やのわかひめ) - 神門郡八野郷 → ヤガミヒメ 
3.奴奈宜波比売命(ぬながわひめ) - 島根郡美保郷 → ヌナガワヒメ 
4.真玉著玉之邑日女命(またまつくたまのむらひめ) - 神門郡朝山郷 → タキリビメ? 
5.綾門日女命(あやとひめ) - 出雲郡宇賀郷 → トトリヒメ? 

子に以下の神がいます。風土記ではスサノオと大国主の間には血縁関係があるとは描写されていません。 

1.山代日子命(やましろひこ) - 意宇郡山代郷 → コトシロヌシ? 
2.阿遅須枳高日子命(あじすきたかひこ) 大和国葛城郡賀茂社 → アジスキタカヒコネ 
3.御穂須須美命(みほすすみ) - 島根郡美保郷、奴奈宜波比売命との子 → タケミナカタ 
4.和加布都努志能命(わかふつぬし) - 秋鹿郡大野郷、出雲郡美談郷 → トリナルミ? 
5.阿陀加夜努志多伎吉比売命(あだかやぬしたききひめ) - 神門郡多伎郷 → シタテルヒメ 

なお、アジスキタカヒコネが大和国葛城郡賀茂社で祀られていることから、コトシロヌシと同一視することができます。そうすると、母であるタキリビメとカムヤタテヒメもまた、同一人物であったのかも知れません。 
タキリビメは勾玉から生まれたとされているため、マタマツクタマノムラヒメは別名であったと考えることができます。 
フツはカモと同様に出雲の部族名であると考えられるため、ワカフツヌシは出雲の正統を継いだトリナルミのことではないでしょうか。


この結果から大国主の勢力範囲、もしくは関係範囲は



日本海沿岸の地域がほとんどです。

この出雲と大和朝廷の関係は神話からも遺跡からも研究がさかんですが、


これだけの大国、もしくは交易圏と邪馬台国の関係性については実質手つかず。

出雲=投馬国説というのありますが

倭人伝の傍国で出雲のことだとなってそうなのもないようです


国譲りはいつのことか。

天照=卑弥呼ならばなんと途中まで卑弥呼は神在り月に出雲に出向いてたということで。

対馬のアマテル神社の伝承により。



邪馬台国は属国なのか。埒外なのか。征服したのか。


この日本地図から出雲が奴国で金印もらった可能性も。あるいは出雲は狗奴国か。


 


などなど尽きせぬ興味です。

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コメント

不弥人

Unknown
出雲ですか。
確かに魏志倭人伝に出雲のいの字も出てませんね。
同時代ならば、あんな広域交易圏を魏がしらないわけはない。おそらくは隠岐の島には辰韓あたりも行き来があった。昔は黒曜石で。
つまり新羅は出雲をはっきり知っていたから、帯方郡も知っていた。はず。時代が違うのか。やはり。

筑紫ぶらぶら

スセリ姫=カムヤタテ姫=タゴリ姫。
ですし。
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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
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