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邪馬台国の女王は欠史八代の皇后たちである

いわゆる欠史八代ですが、この時代には女王が中心となって男王がセットになって治めており、後に女王の事績を消してしまったために、事績が消滅してしまったのだと考えることもできるかも知れません。 
日本は古代は母系社会だったと言われていますが、 
歴代天皇と皇后の名を列挙してみます。 
そして二代目の夫婦の考察です。


 


 


1 カムヤマトイワレビコ ― ヒメタタライスズヒメ 

2 カムヌナカワミミ ― イスズヨリヒメ(カワマタビメ) 


「渟名河」は現在の姫川で、その名は奴奈川姫に由来し・・・これが綏靖天皇


そして皇后


五十鈴依媛 イスズヨリヒメ



ことしろぬし‐の‐かみ【事代主神】の娘


                                出雲神話の神。大国主命の子。国譲りに際して父に国土の献上を勧めた。



ということはこの人とぬな川の命の子供の安寧天皇は


大国主のひ孫となって、


大国主の血は天皇家に入る。



二代綏靖もぬな川姫にゆかりの名であり、大国主とぬなかわ姫(越の王女)の子供のタケミナカタっぽく感じられる。


いずれにしてもぬなかわ=姫川であるので越ゆかりであろう。


そうすると奥さんは出雲の娘。越と出雲の息子がヤマトの天皇


連合政権らしいがどうみても出雲王朝ではないか、これは。


おまけに綏靖天皇の母は


母の記載は記紀で異なり、『日本書紀』では事代主神の娘の媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)、『古事記』では大物主神の娘の伊須気余理比売(いすけよりひめ)とする。




事代主神の娘の息子が綏靖天皇ならば妻の五十鈴依媛 イスズヨリヒメは叔母となる。


そして神渟名川耳天皇(かんぬなかわみみのすめらみこと)であるから沼河比売ぬなかわ姫ゆかりらしいし、そうするとその息子は建御名方で諏訪の神である。


越と出雲と諏訪と天皇がからみあう古代史である。


ここまで出雲がしっかり入ってきているのは脅威的ですね。これだけ見たら藤原氏か?蘇我氏か?と思ってしまうほど、出雲の王族の娘が大和の皇后です。


仮説として、まさに出雲はヤマト王権の藤原氏であった。だから神話の中心。


また別の仮説。国譲りがあったということで、ヤマトは聖なる前の王家の血を入れることで権威を持とうとした。




徳川幕府が権威として朝廷を残しても史上最低の一万石しか付与しなかったのと似てますね。そうです、実は江戸幕府は信長が、比叡山や本願寺をぶっ潰して朝廷の権威を支える仏教や旧勢力を根こそぎ変革したから、戦国がおわり、朝廷には軍も権威ももうなかった。江戸期に思想的に再び重要視されて幕末の動乱期克服装置となって復活しますが、家康のころは、史上最低の取り扱いをうけて嘆きの和歌を時の帝が歌った。


 



そして出雲の王族の娘というのは


巫女をやっていたとしたら


大和の男が王をやり


出雲の姫が巫女をやり


二人の女王と男王のセットがこの記録。


欠史八代は巫女の時代。


当然男の王の事績はない。


そしてこの巫女の時代こそ邪馬台国であり、


この中で三世紀前半にあたる人が卑弥呼である。


そんかことも考えられるのではないか。


そして男王としてセットの一人だった崇神天皇が初めて


巫女制度を廃止して新たな政体を開始した。


だからかれはハツクニシラスなのです。



綏靖天皇とイスズヨリ姫の息子のアンネイ(安寧)天皇が第3代天皇として即位し、正后として、事代主神の孫の鴨王(かものきみ)の女(むすめ)ヌナソコナカツヒメの命(ヌ名底仲媛命)を迎えた


してみれば、初代の神武、二代の綏靖、三代の安寧まで出雲系の事代主の命の血族と縁戚関係に入ったことになり、大和王朝建国過程での出雲王朝との繋がりの深さが分かる



そこに越と諏訪も絡む。 
そしてこの人たちは巫女なのでしょうか。 
出雲の事代主の娘たちはみな巫女だった。


そしてだからそれぞれ王とコラボした。


そう考えると、なぜこの血統ばかりというのがわかるような気もします。


これはあるいは皇后ではなく、王とコラボした巫女の系譜なのではないかと。



3 シキツヒコタマテミ ― ヌナコソナカツヒメ 
4 オホヤマトヒコスキトモ  ― アマトヨツヒメ 


この名前、天照とトヨの合体のような名前ですね。次回調査対象。



5 ミマツヒコカエシネ  ― ヨソタラシヒメ 
6 ヤマトタラシヒコクニオシ  ― オシヒメ 
7 オホヤマトネコヒコフトニ  ― クワシヒメ 
8 オホヤマトネコヒコクニクル ― ウツシコメ 


 これは国引き神話のような名前ですから皇后が何を意味するか


 



9 ワカヤマトネコヒコオホヒヒ  ― イカガノシコメ 
(ここまでがいわゆる欠史八代) 

10 ミマキイリビコイニエ  ― ミマキヒメ 
11 イクメイリビコイサチ  ― ヒバスヒメ 
12 オホタラシヒコオシロワケ  ― ヤサカノイリビメ 
13 ワカタラシヒコ  ― 皇后なし 
14 タラシナカツヒコ  ― オキナガタラシヒメ(神功皇后)



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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
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