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邪馬台国邪馬台国と縄文海進

有明海と博多湾の間のゾーンは邪馬台国の秘密のカギです。


さて縄文時代に有明海と福岡平野がどうなったか?


まずは現状



そして次は3メートルの海進



糸島が島になっています。吉野ヶ里は海辺の町です。遠賀川は海の入江です。


7メートル



博多湾はもう湾ではない。


さて有明海




この3メートルの地図が当時の現実かもしれません。



 


こうやってみると海岸線が変わるとすべてが変わると思いました。今日は以上。

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コメント

murasawatakehiko

弥生時代の海進ですよね
この視点は非常に大切ですよね。有明海の筑後地方は貝塚が西鉄電車路線のすぐ東側を境として集合しています。
奈良盆地も当時は湖水地域で船での桜井方面への移動が近畿説の論拠の一つのようですが、やっぱり近畿説は賛成できません。
山門郡は当時の平野が狭いと言われて否定されますが、十分な広さと地元民は感じます。

作者

同感です
こないだ飯塚に行きまして、田川飯塚と広がる巨大な盆地を体感しました。地図でみると平野だか何だかはっきりせずパットしませんが、巨大な盆地でここが邪馬台国ですよといわれてもそうかと思ってしまいます。
ぼくも有明海沿岸から八女あたりが女王国本土だと思っています。八女津姫の矢部に矢部日向があるのも暗示的ですし、この界隈であろうと。
ちなみに飯塚田川盆地は遠賀川を下って宗像に行ける。宗像は沖津宮への神湊があるし、あのあたりも何やら一大勢力のようです。
ということで、なかなか現場の体感なくしてわかりませんね。
糸島には不思議な神々しさめいたものが漂ってましたし。

追伸

作者
海進三メートルで、吉野ヶ里は海辺の町。港の可能性すらありますね。
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古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

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