FC2ブログ

邪馬台国近畿説は成り立たないと思う

方角と距離の問題です。倭人伝の世界の縮尺はその内部においては同じ縮尺です。一里が50メートルから80メートルくらい。いろいろ問題はありますが内部的には整合性があります。




方向ですが、いろいろ考えてみます。しかし距離も方角もあてにならないという意見もあります。


************************


かりにそうならすべてあてになりませんね。どこまであてになるか、その人たちは何によって測るのでしょうか。邪馬台国はなかった、卑弥呼はいなかった。伊都国は作り話だ、末盧国からあとはすべてうその報告で壱岐までしかいってない。帯方郡が仕事してるようにみせかけるため半島の向こうに架空の大国を作り使節を送ったと報告した。どうせそんな国の実在などだれにもわからない。また半島の南の人間が箔をつけるために海の向こうの邪馬台国から来たとうそをついた。もともとよく嘘をつく性向があったのかもしれない。


****************************


 


そもそも対馬に半島から行くときに、南に向かう実感があったか?


それは東に向かうという感覚でしょう。


ただ、航海に北極星を使っていたり、すると東西南北は厳密にはかられますが


この半島から列島の世界の航海はいつも陸影が見えます。日本海周辺は全体が湖のようなものですから、


外海の絶海の遠洋航海とは違いすべてが沿岸航海です。だから厳密に方角を図る意味はない。


目が良ければいい。潮の流れを知っていて、遠くの陸影がどこかを知っていればいい。


そういう観点でこの地図



対馬には真東に向かう。黒潮は東に向かって流れるからこのコースなら自動で対馬に行く。


そして対馬の南端からやはり東方向に行くと自動的にほぼ壱岐です。


実は壱岐からも潮に任せると志賀島や宗像あたりに行くと思います。


そうすると不弥国に直接壱岐から行けばいいのになぜ伊都国によるために、面倒くさい陸行をするのか?


平気で伊都国をスルーすれば志賀島の博多湾や宗像や遠賀川流域に黒潮に乗って流れ着きます。


そもそも近畿説では壱岐からあとのいわゆる通説の地点への上陸地点に整合性がない。




目的地が近畿ならば当時航海路であった沖ノ島を経由して宗像にまでは直接くるはずです。しかし沖ノ島から宗像へは国内の聖なる航路で防衛上も重要だから外国に教えない。沖ノ島=海の正倉院。聖地。


したがって志賀島に潮に乗って上陸させる。不便だし、島だし。


壱岐からそもそも末盧国は志賀島ではないのか。近畿説ならば。


交通に対する合理的見地から。


そして伊都国という防衛の拠点と九州を抑える一大立地は、まさに宗像です。


半島への直通航路を持ち、遠賀川や宇佐平野の奴国を抑えるために邪馬台国が設置した目付です。


そしてそうなると遠賀川から小倉にかけてがナ国になって博多湾は無用の長物になってしまう。


そして関門海峡の両岸が不弥国となります。


そこが出雲方面と近畿方面への交通の要衝となるわけですから。遠賀川の河畔が伊都国で一大率があったと。


なんだかこれはこれで整合性がありますね。そして不弥国までくればあとは瀬戸内海と日本海の航路で彼方に出雲や吉備や近畿があるということになります。また豊後水道を超えてツマ神社のある日向にも行ける。





まあ     とりあえず


しかし壱岐から唐津のすぐそばに半島は見えるのでそこを目指して上陸。


さてここからです。


東が南だとする。90度ずれるとする。


これは周の方角の測り方が周朝の首都の北側が世界の北という観点で見ると、日本あたりらだとその北の方向は東に近くなるという考え方と。


列島は東西に長いので南北をそのままみてもいいではないかという、おおらかでいい加減なご都合主義とかいろいろですが。


まあその辺はおいといて、楽しみで見てみます。そうすると松浦あたりから見事に東南に5百里くらい歩いて、伊都国です。


糸島。


そしてそこの隣に100里で博多湾岸と筑紫平野に


巨大なかつての倭王、奴国の地があります。


そしてそこから真東=北に不弥国です。つまり宗像。と遠賀川の流域国。


なんとなく沖ノ島に連なる辺津宮、中津宮、沖津宮があって聖地のようであり、1000家しかなくても国の存在意義があります。



そして、不弥国がここならばそこから南方向に20日や10日や1月移動して投馬国や邪馬台国ですね。


それはこうなります。




本当に1月もあるくならば山口県の西の端から河内平野の奥まで山陽道をくねくね進まない限り、1月もかかりません。


でもこの瀬戸内海を船でいくなら7日くらいで九州から近畿につきますよ。遭難の心配がなくて、潮の流れもない。


この海は両岸を四国と本州に挟まれた、運河のようなものです。長江や黄河よりも静かで航行は容易です。


夜でも迷ったりすることなく、沖に流される心配がない。


水行10日は出雲あたりです。でも宗像から出雲に歩いて1月かからない。


吉備には船で5日もあるとついてしまう。


近畿には7日か10日かかる。


水行10日はOK.


瀬戸内海に10日かけて近畿に上陸したらそこから1月歩くと


おそらくは諏訪に行きますね。いや、諏訪から下って安曇野あたりかもしれない。


そうすると邪馬台国は越と諏訪の世界。


でも越とか諏訪が九州北岸や対馬にも勢力を持つだろうか


伊都国なんて代行の権力です。それを諏訪や越からコントロールする?


まさか。




それは大和地方でもそうで、3世紀にすでに


前方後円墳が全国に普及するのが3世紀後半以降です。


つまり239年の卑弥呼の使節や266年のと近畿に本拠があるのに3世紀の時点で


伊都国の一大率を糸島に持てるのか?よの晋への朝貢のあとくらい。


少なくとも卑弥呼時代にはそれはない。


卑弥呼時代に糸島に一大率をおけるならばその前から九州を制圧していたということで


しかし銅器や鉄の分布や、さらには文化的へだたりや、・・・・・・・


それにそんな強大な勢力圏なら文字や文書で報告書や連絡がなされていたに違いないが。




どうも近畿説は矛盾だらけなのですが。


邪馬台国とは無関係の別の巨大勢力があったことは間違いないと思いますが。


それに近畿の邪馬台国が大和王権になったら、


なぜ伊都国=糸島に一大率をおいていたのに、後々はその機能が大宰府の場所に変わるのでしょうか?


同じ場所に太宰府がないと変だ。


糸島に大宰府がないのは圧倒的におかしい。




したがってどう考えても近畿説はなりたちません。




列島を歩くということについて。


***みんなこの辺安易です。


熊本あたりから宮崎に1月歩くという説もあるけど、


ボルネオ島の密林や、アフリカのジャングルや、マッターホルンの絶壁を歩くのではなく、


また日本アルプスの冬山登山をするわけでもなく、日本の山道です。


生活の中の日本の山道にどれほどの獣道があってどれほど歩きやすいか、


体感してから言ってもらいたいものだ。そもそも縄文以来1万年歩き続いた道です。


たいていの説は、道なき道を歩いた、藪や繁みをかき分けながら歩いたという風になっている。


そんなの石器時代の人類でもないですよ。


生活圏のよく通る道はおのずと歩きやすいのです。


第一その発想だと道というものができたのは弥生時代後期からですと言ってるようなものだ。


人類の歴史において人間が道を作るようになったのは、弥生時代後期です。日本においては特に遅かった。となる。


そんなばかな。縄文時代にもすでに諏訪の黒曜石が全国展開していたのですよ。


温帯の気候の地においては、道という概念はおそらく旧石器時代からあったはずだ。狐だって自分の道をもっていて、雪山を自在に動く。それをみて人間は利こうな動物だと言う。さて人間ですからね。移動するたびにやぶをかき分けるわけがない。小学生に山でキャンプさせてもすぐにトイレつくったり、水場への道はそれなりに整備したりする。そういうものです。


そもそも日本の平均的な山道を歩いたことがあるのだろうか。


とても歩きやすい。


またそもそも船というものは、手でこいでもそれなにち移動する。


そして潮の流れはとても強い存在です。


都会人の安直な水行陸行論を見ると現実離れしていてついていけない


******************************************



スポンサーリンク

コメント

門林光治

初代卑弥呼
西暦17年ローマ皇帝ゲルマニクス・カエサル(景行天皇)と大アグリッピナ(初代速水卑弥呼)が、大分日出の速津姫(ジュリアス・シーザー(崇神天皇の娘))を訪ねる。鏡神事の足跡(瀬戸遺跡埋蔵文化財調査報告書)剣・鏡・勾玉の出土。古代ローマエトルリアの鋳造技術で製作した。成分分析すれば古代ローマ帝国倭国連合国邪馬台国の海洋シルクロード交易の18000kmの地中海ローマ帝国と日本海倭国の皇帝・天皇兼務連合国が弥生時代紀元前300年から西暦300年古代ヤマト王権に継承。
非公開コメント

古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

スポンサードリンク

プロフィール

古荘英雄

Author:古荘英雄
一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

ブログ村ランキング参加中

ブログ村古代史ランキング参加中

PVランキング参加中

ブロとも申請フォーム

検索フォーム

QRコード

QR