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  • 海部郡わたしの生まれ故郷は大分県臼杵市諏訪の津留という。昔は北海部郡諏訪といった。北海部郡 南海部郡 周辺は漁民と農民だが、なぜか瀬戸内海での船舶輸送を生業としている地域である。平家の落人伝説もあり、盆踊りも平家踊りというし、言葉にも京言葉も混ざっていて明らかに周辺と違うので、学者が調査に来て一時期は百科事典に平家の落人村と認定もされていた。ところがである。その後河岡武春「海の民~漁村の歴史と民族... 続きを読む
  •  朝鮮半島から対馬は見えます。それも二つの島に見えます。南北に高い山がありそれが海上に浮き出るのです。だから馬韓の対面だから対馬という説もあれば対をなす二つの島ということで対馬という説もあります。まあ、2だからtwo島というのはギャグです。この地図で見ると対馬海峡には対馬と壱岐とその他ちょこっと島があるように見えますが島の数がすごいです。ウィキより対馬主島は対馬島(つしまじま、つしまとう)で、こ... 続きを読む
  • 豊前の海岸は瀬戸内海への表玄関景行天皇の九州親征図です。巡行といいますが征服です。景行天皇は九州方面の国造に、大和朝廷からの赴任する国造に地位を譲るように命じましたが、九州の国造たちはその命に従わず、反逆にでました。景行天皇は反逆する国造を平定するために九州地方に巡幸した。豊前の海岸に上陸して九州南部、中部を進軍していきます。まずこの豊前上陸ですが、この時代、古代においては関門海峡を渡って九州に来... 続きを読む
  • Wikipediaより忌部氏(いんべうじ)、のち斎部氏(いんべうじ)は、「忌部」または「斎部」を氏の名とする氏族。天太玉命を祖とする神別(天神)の古代氏族で、「忌部首(いんべのおびと)」、「忌部連(いんべのむらじ)」、「忌部宿禰(いんべのすくね)」のち「斎部宿禰」姓を称した。古代朝廷における祭祀を担った氏族である『古事記』や『日本書紀』では、天岩戸の神話において天太玉命(あめのふとだまのみこと)と天児屋命(... 続きを読む
  • 水行10日陸行一月。日本国内のどこを歩けば一ヵ月もかかると言うのだろうかと思うのです。河内から青森まで歩けばそれくらいかかるだろうか道が整備されていないからという話もあるが邪馬台国という首都に行くのに草ぼうぼうのわけはない中国の使節が宴会しながら移動したからだというのもあるがちょっと厳しい実は歩いたのは日本国内ではない最終的に洛陽から邪馬台国をみたらどうかというのがラストに書かれていたのだとする説... 続きを読む
  • 倭人伝から数遊び。3つの支国①壱岐は一支国。②伊都国の長官は「爾支」ニキ。二支と書くのが本当ではないか?邇邇芸=ニニギの上陸地点は糸島=伊都国だからつまりこの地は二支の地。③では三支の地はないのだろうか?投馬国は官名は 長官は「彌彌」「一支」「爾支」ときての「彌彌」投馬国の有力候補地は出雲か日向。しかしこれを海のポイントしてとらえると一支☞二支☞三支となるから「彌彌」つまり三番目のポイントは出雲となら... 続きを読む

古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

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Author:古荘英雄
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