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  • 天孫降臨天孫降臨という日本列島上陸作戦の司令官と言えばニニギです。→筆者は西日本あるいは九州への対馬海峡勢力の上陸が天孫降臨と考えています。目的は稲作をする土地の確保。青銅器時代の日本に鉄器を手に土地譲りを迫った。邇邇芸命(ににぎのみこと)天邇岐志国 邇岐志 天津日高 日子番 能邇邇芸命  →古事記天饒石国 饒石 天津彦 火瓊 瓊杵尊 →日本書記アメニギシク ニニギシ アマツヒコヒコ ホノ ニニギ壮... 続きを読む
  • 幻の呉書倭人伝三国志の中で倭人について書かれているのは魏書だけです。蜀は内陸の国だからともかく、呉は長江河口に本拠地を持ち、台湾あたりまで、屯田兵を送ったという言い伝えもあるくらいだから、九州や少なくとも琉球諸島について、記述があってもようさそうですが、シナの大陸にとっては、海は関心のないものだったのでしょう。図表転載元呉書倭人伝もあって、琉球から日向あたりの記述があって、魏書倭人伝と照合できたら... 続きを読む
  • 神武東征の裏を読む①  神武東征の裏を読む②日本海ルートと瀬戸内海ルート前回②で神武東征は瀬戸内海勢力が近江から河内奈良を取った活動であると述べました。そして当時の本流の勢力は日本海ルートでつながる勢力だったと考えているような話をしました。 さてこの日本海勢力であった国の一つが大国主の葦原の中つ国です。大国主には各地に妻がいましたがこれは拠点ごとの国々との政略結婚でしょう。大国主の妻たちタキリビ... 続きを読む
  • 神武東征の裏を読む①の続きです。神武東征のルート①日向の高千穂。②宇佐③岡田宮 1年④阿岐国=広島 7年、⑤吉備国=岡山 8年これは実は明らかにおかしいと思うのです。これだと倭国の王権の出どころや関係者はみな瀬戸内海出身になります。宮崎県は宇佐まで行けば瀬戸内海交易に参加できるので、準瀬戸内海世界の一員ともいえるでしょう。古代世界の幹線道路朝鮮半島の楽浪郡や帯方郡は紀元前後にずっと倭国に影響を与え続け、外... 続きを読む
  • 神武東征のルート一般的には宮崎県から船で出発した神武が宇佐や広島や岡山を経由して河内へ入り、奈良の王になったという筋立てになっています。元文はWikipediaより抜粋『古事記』では、①神武=神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ)は、日向の高千穂で、葦原中国=日本を治めるにはどこへ行くのが適当か相談し、東へ行くことにした。②舟軍を率いた彼らは、日向を出発し筑紫へ向かい、豊国の宇沙(現 宇佐市)に着く。③... 続きを読む
  • 奴国王が倭王の時代奴国王は57年に漢から金印をもらいました。このことにはいくつかの重要なことが示唆されています。1.その日本側の出港の場所はどこでしょうか?伊都国から唐津を経由して壱岐対馬に行って半島に行くのではなく(当時は楽浪郡に行っただろうから)志賀島から、沖ノ島あるいは壱岐へ行き、対馬経由で半島だったかもしれない。 2.奴国王=倭王であるということは、 後の世に邪馬台国王=倭王だった時を考える... 続きを読む
  • 倭人伝の国々の人口魏志倭人伝には倭の国々の戸数が記されており、一戸数あたり3~5人ほどの居住ということで、人口が考察されたりもします。倭国の戸数は邪馬台国:7万戸  投馬国:5万戸  奴国:2万戸  3カ国の合計14万戸です。対海国:千余戸  一大国:三千許家末盧国:四千余戸  伊都国:千余戸  不弥国:千余家これらの国々は末盧国が4000家で一番大きいくらいです。合計で1万戸数ちょっとですね。上の大... 続きを読む
  • 朝鮮の地図こんな地図があります。「混一 疆理 歴代国都 之図」(こんいつ きょうりれき だいこくと のず)略称 「疆理図」(きょうりず)意味 は「歴史上の首都一覧図」です1402年に李氏朝鮮で作成されました。15世紀になっても朝鮮は日本列島についてこんなイメージを持っていたということなのか?そう思いました。もっとも作成は朝鮮ですが、1402年の朝鮮はモンゴルから独立直後です。1392年から1910年まで李... 続きを読む
  • 古代東アジアの地図をいろいろ物色していたら韓国の教科書であると紹介されていました。ほんとうに教科書かどうかは知らないのですがいずれにしてもこんな地図が存在しています。参照木屑鈔 http://yaplog.jp/warabidani/archive/2361大百済帝国火星地図かと思いました。「大百済帝国」だそうです。奈良百済とはもちろん百済の植民地である倭国のことです。よく見ると外百済というのもあって、中国の沿岸部、南朝の首都建業(建康... 続きを読む
  • 倭人伝の解釈文ばかりが流布しているうちに、原本を読むと自然に感じられることが消えていることがあります。たとえば一番簡単な例として從郡至倭循海岸水行歴韓國乍南乍東到其北岸狗邪韓國七千餘里  帯方郡から倭に行くには、海岸に沿って航行し、韓国を経由して、あるときは南にあるときは東にすすんで、その北岸の「狗邪韓国」に到着する。約七千里である。  これは帯方郡から邪馬台国への旅の行程の最初の... 続きを読む

古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

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Author:古荘英雄
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