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  • エーベルバッハ:邪馬台国というと3世紀はわかっていて 纏向遺跡も3世紀とわかっているするともし邪馬台国が奈良ではなくて九州であるとき纏向の勢力を倭人伝は全くかいてないということになるのではないか?そして倭の最大勢力は邪馬台国ではなく、纏向国(仮称)ということになります。この纏向こそが出雲と呼ばれたもの。纏向都市の名称は出雲かヤマトかどちらかしかないと思います。わかないのはその登場人物か。纏向=倭... 続きを読む
  • 壱岐=一支国から糸島=伊都国を経由して福岡=奴国に来たら、その先は東へ瀬戸内海か日本海方面へ、どちらの海が主要かというような議論があります。たしかにここから日本海にそって東へ向かうとそこに出雲があります。さらにいけば丹後があり若狭湾があり、近江へ、尾張、奈良へと進めます。瀬戸内海でいけば吉備があります。さらにいけば河内、奈良へと続きます。奴国に来れば当然出雲方面か吉備方面へ行きそうな気がします。そ... 続きを読む
  • 現代の福岡市。南に平野が広がり、太宰府のくびれで東西ともに山が尽きて縫うように平野が続きます。ビルがない時代、それは海からでも見渡せる風景だったかもしれません。志賀島の山からこの風景をみるとこうなります。もやってますが、この山と山の間を縫って平野が抜ける雰囲気がわかると思います。この写真の山と山の間を地図でみるとこうなります。黄色い線は川です。太宰府あたりからは玄界灘と、有明海にそれぞれ川が流れて... 続きを読む
  •  聖徳太子について述べる哲学者やすいゆたかさんの文書を登場させているのには邪馬台国漫遊の旅をする詩人にして作家の(自称ですよ)ぼくには理由があります。philosophist &poet  ですね 略してP&Pです。 聖徳太子は東アジアでも稀有の仏教解釈を行い独特の仏教導入をしました。そこには百済からの仏教伝来があったのですが百済や新羅が倭に深くかかわったのは倭による半島進出のためです。それは5世紀... 続きを読む
  • 今はこんな風に思ってませんが昔は楽しんでました。 すでに有史の時代である時期に史書が作られた。普通「古事記}と「日本書紀」のような書物があれば、すっきりと古代建国の歴史がわかりそうなものではないですか。あれを読んでもどこの誰がいつどうやって建国したか、はっきりしませんよね。そのこと自体がおかしいのではないかと思ったりします。近畿の王朝の神話が出雲からはじまり、祖先の神は高天原を根城に九州で行動... 続きを読む
  • 沖の島について いくつかの事実 地理的には=単なる狭い無人島です。「神の島」と呼ばれ、島全体が御神体で(なんと!!)→神宿る島ではありません。島があってそこに神が来たのではない。島が創世以来神なのだという神道的な概念なんだ。神の島でもない。島が神なんだ。それは川や山が神そのものという日本文化の精髄の一つであるが、たぶん一神教の人達にはわからない。  今でも女人禁制の伝統を守っている。→登... 続きを読む
  • 壱岐の船着場の遺跡。これは東アジア全体でも人工的に作られたものの中で発見されてる船着場で最古のものだそうです。 この時代、対馬海峡はいつも船が行きかっていたに違いない。 唐津から壱岐を見る壱岐から対馬を見る対馬から朝鮮半島を見るこのように島をみながら対馬海峡は九州から半島へ渡れます。まるで階段でも上り下りするかのように、列島と半島の間にちょうどよく配置されています。 さてそんな壱岐の集... 続きを読む
  •  魏は大月氏(今のチベット)に西戎の代表格として金印を授与しています。親魏大月氏王 です。なぜ親魏倭王なのだろう?なぜ親魏邪馬台王でなかったのだろう?邪馬台国がヤマトになるのなら、この女王国連合の総体を魏が邪馬台国と認識していてもおかしくないのにあくまで倭王として倭の代表であるというのは?大月氏への金印授与の目的はこんな遠方の大国まで魏と同盟していることでの権威づけと蜀への抑止力です。背後に大国... 続きを読む
  •  壱与は13歳で卑弥呼の後を継ぎます。倭国大乱➡卑弥呼共立➡男王が立ち倭国乱れ1000人以上が死ぬ➡トヨの共立 王となるさて卑弥呼は親魏倭王です。晋へ禅譲革命が行われる265年やがて五胡十六国時代となり東晋となります。南朝です。『晋書』起居註に秦始2年(266年)に、倭の女王の使者が朝貢したとの記述がある。このことからトヨが晋になった翌年、朝貢したとされます。すると当時の慣習で前の王朝の印は返却し、新たな王朝... 続きを読む
  •  卑弥呼が3世紀半ばに魏に朝貢したあと魏は晋に禅譲します。その後さらに卑弥呼の後継者トヨが266年に朝貢してからは 今度は晋の滅亡などもあり、黄河の政権には倭の事跡はなくなります。 黄河の中原蛮族の割拠するところとなり漢族は揚子江に逃げます。膨大な漢族がゲルマン人の大移動のように黄河から長江へ逃げ延びます。そこで東晋から始まる南朝をつくりますね。宋 斉 梁 陳とつながっていきます。その... 続きを読む

古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

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Author:古荘英雄
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