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  • 古代において瀬戸内海は危険な海だった!!瀬戸内海は船で通ると本当に狭いです。両側に違う国があったり、岬を回るたびに違う国があったりするとこの海の航行の安全はきわどいものです。日本海のように陸から離れてたら大丈夫というわけにはいかない。なにしろ両サイドに陸がすぐあるから逃げられない。船団に襲われたらまず負ける。したがって、行く先々が友好国か中立国が未開状態でなければ危なくておいそれとは船で移動できな... 続きを読む
  • トルコは文明の十字路です。地理的には黒海をはさんでロシア、ウクライナと向かい合います。エーゲ海をはさんでギリシャと。地中海をはさんでエジプトやイスラエルと。そして北の国境でブルガリアやルーマニアに近接し、南の国境ではシリア、イラク、イランと接し、旧ソビエトの国々とも接しています。エーゲ海の向こうはギリシャです。信じられない位置にいます。海にしても地中海と黒海とエーゲ海に接しています。そして考えてみ... 続きを読む
  • 古代国家は都市国家(周辺の農地を支配する)か農業国家かがおおきな分類で、しかし日本列島の地理的条件なら山林国家か、港町国家、資源産出国家、鉄生産国家か、とうような分類ができるかと思う。割と邪馬台国をかなりの広域国家で捉える人が多いがしかし行程で幾多の国々が登場することからも邪馬台国本土はそれほど広くはないのではないか。もし広い國であるなら、最初のまつろ国や伊都国、不弥國の小ささはなんだ?それは単に移... 続きを読む
  • 承久の乱(じょうきゅうのらん)は、鎌倉時代の承久3年(1221年)に、後鳥羽上皇が鎌倉幕府に対して討幕の兵を挙げて敗れた兵乱。承久の変、承久合戦ともいう。 ここで朝廷が勝ち、鎌倉幕府が倒れていたら、あるいは完全勝利を手にしていなかったら、日本は朝廷の支配か、あるいは東西に武士団が分裂した状態になっていたにちがいありません。 そして 元寇(げんこう)とは、日本の鎌倉時代中期に、当時大陸を支配... 続きを読む
  • 邪馬台国の場所が特定できない理由を整理してみました。 1。壱岐からの上陸地点は、壱岐から最短距離の陸地ということで唐津湾。そこを末ろ国とするため、それまでと同じ縮尺で一〇〇〇里にならない。2。しかし唐津湾から東南五〇〇里の方向はただの山奥になる。そもそも唐津湾から東南に歩く必然性などない。  もっといえば糸島が伊都国で博多湾が邪馬台国とするから、唐津湾と博多湾の間に国など不要だ。 北部を... 続きを読む
  • かりに邪馬台国は有明海沿岸か有明海を通って行く国だとしたら壱岐からの上陸地点は有明海への最短ルートを取る位置づけが望ましい。伊万里から武雄まで、現在では直線距離で17キロくらいしかありません。古代の海岸線はこのあたり複雑だからもっと離れていたか、あるいはもっと近かったか。そして、抜けると武雄です。山越えの関所のようなこの武雄は竹ノ内の宿祢のゆかりの地ですし、この辺の山や丹=水銀が取れます。そして武... 続きを読む
  •  国々に官がいて、伊都国にもいますがしかし、伊都国にはそれと別に王がいるという表現だと思うのですが。すると、各国の官は邪馬台国直轄でしょうか。伊都国のみ一大卒があり、王がある。しかし各国には大倭が設置されていて、交易を監視しているようです。 どれくらい、国々に独立性があってどれくらい中央の組織があったのか。卑弥呼の死後大乱になるくらいですから、大した組織ではなくやはり独立色が強い。 江... 続きを読む
  • 邪馬台国は卑弥呼。しかし弟が男王として実務を。権威=卑弥呼  権力=男王権力行使のためには権威が必要だった。多くの国々があの卑弥呼のいうことならという納得の前提のもと男王が実務を行う。徳川将軍家が天皇にならないのと同じ。藤原氏も天皇そのものにはならない。しかし幕末をみてもわかるように、すたれて権力機構のもとでも権威は現前としてある。権威がなければ明治維新などできなかった。とよく言われる。卑弥呼は... 続きを読む
  • 戦国時代。豊の国大友宗麟。薩摩の島津。長崎キリシタン連合的な。拠点にしやすいのか。博多湾は博多商人、博多町。そうすると、当時も一緒か。北岸は小規模の村程度の古い交易国が並び、南側に広域の国が控える。 耳川の戦いなんて、まるで、投馬国戦みたいですね。色違いの九州の図はなんだか、そのまま邪馬台国時代の勢力図だったかも。これにいたっては信長=奈良と越の勢力宇喜多=吉備毛利=出雲島津=狗奴国から投馬国大友... 続きを読む
  • 倭国大乱終結に向けて巫女を女王にしようと言い出しっぺがまたミステリアスですよね。誰かが言って、他の人が賛成したのだから。せーのっと「卑弥呼にしょう」、のわけがない。とすると、卑弥呼後の大乱のあととよがまた共立されたことを思うと、卑弥呼以前、女王共立時代か女でうまくいった事績があって、ここは巫女を王にしょうとなったのでは。あたかもいつも みかどが権力から離れた立ち位置で御所にいたようなものか。でかつ... 続きを読む

古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

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Author:古荘英雄
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