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  • 狗奴国は大乱前の奴国の遺臣たちが作ったという説を知りました。邪馬台国の尽きるところである奴国の南に位置する。その名称からも、元は奴国の分国ではないかという説がある例えば旧で言えば先代旧事本紀も旧=くと読みます。そう狗奴国とは当て字です。本当の文字は旧奴国。と書いてクナコクと読む。もともと倭王とは奴国王でした。その後大乱がありました。ここまでは記録の示す通りです。さて大乱とはどういう戦いか。当然当時... 続きを読む
  • 末盧国から伊都国が唐津湾から糸島への行程であるとき(なんかこれは今や定説になってますが)そうするとその移動路は全く東南ではないのでものの考え方としてこうだったとするしかないと思います。最初の末盧から伊都国は東南に向かって常に歩き続けたのではなくて末盧の港から、東南方向にある伊都国まで歩いた、その総歩行距離は500里である。半島てっぺんに上陸すると伊都国までほんとこれが東南方向です。これは現代の交通でも... 続きを読む
  • 邪馬台国の都はともかくとしてその版図はこうです  そしてこれは半島の文物の人が直接くるというたいへんな強みを持っている一方周辺にはそれなりの国がたくさんあります。辰韓、馬韓(卑弥呼時代に帯方郡に滅ぼされる)そして出雲、吉備、纒向交易センター 隼人族纒向というのはあるいは東インド会社ではないのか? 関東、尾張、伊勢、駿河など太平洋側の大国、巨大な越という日本海側、それらとの交易の一元管理の... 続きを読む
  • 邪馬台国近畿説が導き出す解邪馬台国=大和王権大和王権の成立=3世紀  纒向遺跡の発掘からこうなるそうです。しかし記紀に照らすとこうもなります。崇神天皇からはじめて奈良盆地を超えて全国制覇に乗り出した。『日本書紀』によると、崇神天皇10年(紀元前88年?)にそれぞれ、北陸、東海、西道、丹波に派遣された。なお、この時期の「丹波国」は、後の令制国のうち丹波国、丹後国、但馬国を指す。 教えを受けない者があ... 続きを読む
  • 邪馬台国畿内説には、琵琶湖湖畔、大阪府などの説があるが、その中でも、奈良県桜井市三輪山近くの纏向遺跡(まきむくいせき)を邪馬台国の都に比定する説が、下記の理由により有力とされる。考古学的年代決定論の成果により、その始期や変革期が倭人伝の記述と合致する遺跡であることが確実視されるようになったこと。吉備、阿讃(東四国)の勢力の技術によると見られる初期の前方後円墳が大和を中心に分布しており、時代が下るに... 続きを読む
  • 纒向遺跡の全貌イメージ  素晴らしい古代の弥生の技術の粋。藤原京より大きな計画都市。そして集落がない。このようあ各地の土器がたくさん。それにしても宮殿といってもこのような建物が大きかっただけ。魏の宮殿とはわけが違う吉野ヶ里とあまりかわらない奈良の地政学的位置からしてこのような周囲への進出があったのではないか河内平野の海岸線の推移の説ですこのあたりを見ると奥まった盆地に都を作ったというより。... 続きを読む
  • 3世紀後半からか、あるいは一世紀ごろからか、こういう感じか。そもそも卑弥呼は3世紀のひとだがその前に倭国大乱が100年くらいあったそうですると邪馬台国連合の世界は、2世紀にはあった。でもって奴国が金印をもらったのは57年で1世紀。金印をもらうまでには国としての成長があったろうからそもそもの起源は紀元前1世紀とか2世紀とか。そうすると、出雲と邪馬台国連合と纒向連合はどう絡んでいたのか。あるいは時系列的には併存... 続きを読む
  • タキリビメ宗像三女神の一柱で『古事記』では多紀理毘売命、『日本書紀』では田心姫(たごりひめ)・田霧姫と表記される。別名奥津島比売命(おきつしまひめ)だが、『日本書紀』第三の一書では市杵嶋姫(市寸島比売・いちきしまひめ)の別名としている。沼河比売(ぬなかわひめ、奴奈川姫)『日本書紀』には登場せず、『古事記』の大国主の神話の段に登場する。八千矛神(大国主)が高志国の沼河に住む沼河比売を妻にしようと思い... 続きを読む
  • ふみ国から奴国に引っ越しました。現在の奴国。この写真の公園まで徒歩七分くらいのとこが新居です。邪馬台国チックですよ。正面志賀島。左能古島。上垣外(かみがいと)憲一先生の『天孫降臨への道』は、高天原=半島南部説をかなり綿密に考察されている本です。 とのある方の紹介がありまして、その説では天孫族は北九州に上陸するも、筑紫の邪馬台国に阻まれて、比較的彼らの勢力の弱い豊前国(ヒムカ国)に定着し、そこか... 続きを読む
  • 出雲神話通りなら、西は九州の遠賀川まで、東は越、姫川までそしてその上流諏訪まで、大国主の妻がいたり国譲りに来たりで、出雲の関係する領域はほんとに広域です。諏訪の神様は毎年神在月に来なくてもいいと免除されてました。出雲に集まる神々に。つまり関係があったのです。そうすると出雲というのは下図のように日本海交易圏を作っていたはずです。それに阿波や大和や投馬国も入る。投馬国と出雲の姫は四代にわたり婚姻関係で... 続きを読む

古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

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Author:古荘英雄
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