FC2ブログ
  • 瀬戸内海を向いた僕の生家です。やや拡大版、四国がよく見えました。四国と九州は本当に近いところで別府から中津までは昔は高速道路がなく山道を走るのですがその山々は低く徒歩でもきっと一泊くらいで別府宇佐は行けた。地図でみるとかなりの山ですが実際はたいしたことない盛り上がりです。 ふく別府から福岡には玖珠と日田を継いで行きます。大した山ではないです。この低くて大した山や峠ではないというのも邪馬台国のみ... 続きを読む
  • さて諏訪は列島のへそで安積族が志賀島を根拠地としながら、植民地安曇野を諏訪の近くに設営し、穂高神社まで作り、海の安積族がこの山の中に作った理由はひとえに諏訪への途中だったということだけ。越に上陸して姫川を上るとコース上に安曇野も穂高もあります。 さらに日本海交易という点でいくとこのように九州 出雲 若狭湾(ほあかりのもことのの冠島への天孫降臨もありました)越が重要な国々。そしてそれさえも諏訪へ向か... 続きを読む
  • どこでも本当っぽい邪馬台国なんらかの事実を拡大して想像して、場所がどこかと考えると今までいくつもパタンが出ました 日本列島の風景。海とやまごもれる、という場所。日本中にあるのです。どこも沿いうかなと思えしまいます。海の近くで、山に囲まれた場所です、といわれてもそうでない場所を日本列島から探すのは不可能ですね。 ということは最初にみた海に近くて山ぼもれる場所を使節は書いた。そうすると九州です... 続きを読む
  • 左翼でも右翼でもありません。平均的な穏やかな保守だと思います。自分のスタンスは。というのもあるがしかし革命マル派が参加していることだって大新聞は報じないし革マル派正式名称を「日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派」といい、昭和38年2月、中核派と分裂して組織されました。 革マル派は、昭和50年代ごろまで陰湿なゲリラ事件を次々と引き起こしていましたが、最近は、表面上暴力性を隠して、組織拡大に重点を... 続きを読む
  • 洛陽ははるかかなた。建業(呉の首都)は帯方郡と倭くらいのきょり。呉から倭に来るときは九州西岸にたどり着く。安全に行くとしたら、台湾から沖縄諸島、奄美諸島を北上していく。安全な航路は鹿児島にたどり着く。このような距離感の世界で言えば帯方郡でさえ直近の漢文明の出先とは言えない。建業そのものが倭に近い。九州はダイナミックに大陸とかかわる。そしてたった一人の文明人が来るだけでも大きく変わる。 後世の遣唐... 続きを読む
  • この唐津以西の全部が末盧国だろうか?つまり半島との行き来の港があるゾーンをみな末盧国と呼んでいたのか。長崎、五島などの海岸線は素晴らしい海岸線であり縄文人がここを拠点にこのあたりの海を自由に行き来下いたのだと思う。有明海お西方海上地帯。古代は本当に奥が深い。 伊万里と武雄の関係一つとっても何かいわくありげです。... 続きを読む
  • 高句麗 三万戸東沃沮 5000戸数ワイ貊 2万戸  位置国勢首長歴史風俗馬韓韓半島南部の西半分。※韓全体は今日の韓国にほぼ重なる。 ただし現在のソウルおよび南岸を除く。 55の小国に分かれている。 大国は1万戸小国は数千戸からなり、総計で10万戸余り。 各国には長帥がいる 大国の君主は「臣智」といい、小国の君主は「邑借」という。 後漢時代は楽浪郡に属していたが、桓帝・霊帝の頃(147~188)、韓... 続きを読む
  • 古代諏訪と古代出雲は黒曜石の二大交易センター 塩の道とはは塩や海産物を内陸に運ぶのに使われた道のことをいう。また逆に内陸からは、山の幸(食料に限らず、木材や鉱物も含む)が運ばれた道でもある。 日本はことに動物性タンパクに依らない食生活であったことや、製塩が化学製法になったり、専売法に依る規制がかけられる以前は海辺の塩田に頼っていたことから、日本の各地で、海と山を結ぶかたちで数多くあった。山の幸... 続きを読む
  • ある方から教えていただいたように雷山から壱岐が見えてます。壱岐から吉野ヶ里へのろし通信の軌跡を考えてみました。背振山系からは周辺123の平野へ情報伝達がきます。ほんとこの背振山系そのものが国であった可能性が強い。それも1と2と3の平野の支配者の国です。何かあればこの山から軍団が駆け下りてくるのならば平野の稲作民は従うしかない。しかも山からはよく監視できるのです。まさに山の一番の国=邪馬壱国(倭人伝原文は壱... 続きを読む
  • 高天原候補地として背振を挙げたいと思う。ここに立つと、筑紫平野佐賀平野から有明海福岡平野から糸島周辺の世界のすべてが見える。遠賀川文明と筑紫平野文明と福岡平野文明の扇の要です。以下はある方のブログから写真を借用。すばらしく周辺が見えます。有明海方面など信じがたいほど遠くの雲仙が近くに迫ってきます。糸島方面博多湾、海の中道、宗像方面 有明海方面  高い山は雲仙です。吉野ヶ里町を望む 博多... 続きを読む

古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

スポンサードリンク

プロフィール

古荘英雄

Author:古荘英雄
一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

ブログ村ランキング参加中

ブログ村古代史ランキング参加中

PVランキング参加中

ブロとも申請フォーム

検索フォーム

QRコード

QR