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  •  以下ある人のブログです。「  邪馬台国論争で注目されるのが、邪馬台国の女王・卑弥呼とは仲が悪い狗奴国の男王・卑弥弓呼である。この名前を聞いたとき、卑弥呼と卑弥弓呼の名前の類似性の強さから、この二人は非常に近い文化圏の者同士なのだと推測できるのでは?いや、それどころか、この二人には同族の匂いすら感じるのである。 そして、「卑弥呼」「卑弥弓呼」をそれぞれ上古音、中古音から判断して「卑弥呼... 続きを読む
  • 狗奴国=大和朝廷は陸路侵攻してきます。これは東北などでも相手を滅ぼしてしまうのですから、何か倭人とは異質の文化を感じます。滅ぼすのですね、彼らは。仲哀天皇がいたのは香椎の宮。ここは最前線基地ですね。宗像を落として、制海権の半分をとる。そして志賀島への進発基地である香椎をとって、完全に邪馬台国の対馬海峡制海権を奪った。海からの支援がなくなるわけです。完全に陸だけになる。宇佐に上陸すればそこから川に沿... 続きを読む
  • 結論を言えば奴国から始まる倭王の称号を大和が引き継いだということ。初代倭王は奴国の王ですよね。57年の金印から百七年のスイショウという人物。そして239年に卑弥呼が倭王に。次はトヨが260年頃に晋によって倭王に。やがて倭王というとという人たちになっていきますし隋では倭王の名を聞かれて俀王 姓 「阿毎 字  多利思北孤」このアマは海士部か天天孫族か海神族です。奴国邪馬台国天孫族と倭王は三つの系列が... 続きを読む
  • 穂高神社が海人である安曇族の神社であったり、そこの安曇野は安曇族の作った土地と言われても、なんでこんな山の奥に?と思ってました。しかし答えは簡単上の地図です。実に海から諏訪に向かっての峡谷を通り、そして諏訪の手前の平野部にある。穂高や安曇野は海とつながっているのですね。ここうやって海から着て、停泊し、諏訪に向かった。根拠地の志賀島からもこうやって来た。こうやってみると、志賀島と諏訪は日本海ルートで... 続きを読む
  • 縄文と弥生の土器分布です。ところでこの境界線にそって、猿田彦神社があります。すなわち、若狭湾から伊勢神宮の地までの、饒速日の進路です。 このホアカリノミコト=饒速日の冠島に降臨後の進路は、平野にそっての必然の道程と思っていましたが、実はもう一つの理由があったのだと思いました。つまり、縄文地帯には行かなかった。その境目を進行した結果、琵琶湖→関ケ原→尾張→伊勢となったのですね。諏訪方... 続きを読む
  • 縄文時代。東日本と西日本はある時期まで明確に文化的に分断していた。 縄文時代の東日本明らかに中心は東日本です。6,000年前ごろ気候最適期にあった縄文文化は、縄文後期に入る4,000年前ごろから冷涼化に見舞われ、縄文晩期に入る3,000年前ごろには厳しい寒冷化・乾燥化に見舞われたこの変化は世界の終わりででもあるかのような。自分たちの森が滅びていく。そして別の木々が別の森を作る。東日本の落葉広葉樹林帯(ナラ林... 続きを読む
  • 日本列島はどの島をとっても、真ん中に山脈が走り、東西は分断されていて、だから本州の日本海側は世界有数の降雪地帯でもあります。しかし本州で唯一、それほどの山々で区切られていないところがあります。琵琶湖を中心とした地域です。ほぼ平地の移動で、太平洋側、瀬戸内海側から日本海側へ抜けます。古代は逆に若狭湾側から、尾張、大和へ両方いくことができたのでしょう。いずれにしても3つの海に面して、物流の一大集積セン... 続きを読む
  • 九州の内陸の行き来を考えるといろんなラインが見えてきます。朝倉→日田→宇佐朝倉→日田→玖珠→別府日田→阿蘇→高千穂→日向八代→阿蘇→高千穂→日向菊池→阿蘇→竹田→三重→臼杵そして伊予半島の先端へすぐ複雑に山間部を縫っているように見えながら上記のラインはほぼまっすぐなのです。驚きました。ということは九州北部は日田と阿蘇と高千穂のあたりを中心... 続きを読む
  • 弥生時代の稲作風景図。邪馬台国もこうであったか。よく棚田で水田をという話がありますが、弥生時代、圧倒的な産業革命・労働革命の水田稲作はそんなあまっちょろいものではなく無計画にとにかく水の引けるところならばんばん作っていったのではないか。 日向海岸に上陸して最適な稲田の場所をさがして高千穂まで登って、水田に最適だからそこに根付いたというのは、そんな意見をまじめに語るのは日本人だけではないか。どう... 続きを読む
  • 改めて洛陽、長安あたりを中心に周囲を俯瞰してみると、それは地球儀的スケールになりますね。このスケールで領土や移動や交流や領土や戦争を考える人々は列島や半島の住民とはいろんな物差しが違うと思います。そしてこの規模を平気で行き来する人間という動物にとって日本列島は全部移動してもたいしたことはないかと思います。西戎のチベットと東夷の倭が朝貢してきたというのは、東西の遠距離の大国がともにという構図を魏もと... 続きを読む

古荘英雄

一人灯のもとで古代史を紐解き探求しています。
魏志倭人伝、日本書記、古事記をもとに考えたこと、語りあったことなど
徒然に記します。

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Author:古荘英雄
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